平凡社 世界大百科事典

立体視

外界のある物体を両方の目を同時に使って見ること,すなわち両眼視binocular visionによって立体的な遠近感を得ること。実体視ともいう。哺乳類以外の脊椎動物では,目は頭部の側面にあって側方を向いて位置し,各眼はそれぞれ180度に近い視野をもっている。したがって,まったく視野に入らない後方の死角は小さいが,両眼の共通視野も狭く顔面の前方だけに限られるか,あるいはまったくない。視野にある物体の大部分を片目だけで見ているわけである。この場合,目の水晶体の焦点が対象物の距離によって変わるためにある程度の遠近感はあるが,正確な距離感は得られない。これらの動物は,この片目視野の中に重要な物体を発見すると,顔をそちらに向け,その物体を共通視野に入れて注視するわけである。そうすると両眼の視線が対象物上で交わり,各眼に映る像は互いに重なることになる。そのとき各視線の方向のわずかな違いから生ずる視差,つまり像の食い違いが脳の中で総合され,遠近感が生ずるのである。それに対して哺乳類では,両眼が多少とも顔の前面に寄って位置している。そして両眼球の軸(水晶体の光軸)が平行に近く,交叉角が小さい。したがって後方の死角が大きい半面,両眼の共通視野も大きく,遠近感の得られる範囲が広い。哺乳類のこの特徴は,霊長類においてとくに著しい。眼球の軸の代りに眼窩(がんか)の中軸の交叉角を調べてみると,ヒトのそれは成長とともに狭まって成人では約45度となるが,眼球軸の交叉角はこれより小さい。霊長類の立体視の能力が高いことは,脳が相対的にひじょうに大きいことのほか,本来樹上生活をする動物であるため的確な視力を必要とすること,樹上では嗅覚(きゆうかく)があまり意味をもたないため顔面の鼻の領域が退縮していることと関連をもつと考えられる。

 両眼視によって立体感覚が得られるしくみは,視神経の構造によってある程度は説明される。各眼の網膜に発して1本の束になった視神経は,脳頭蓋内で前脳に入る直前(魚類では脳の中)にX字形に交叉する(これを視神経交叉または視交叉という)。そして哺乳類以外の脊椎動物では,各側の目からきた視神経繊維のほとんどすべてが反対側の中枢に入る。ところが哺乳類では,視交叉の交点において,各眼の網膜の内側半分から発した,視神経の内側半分の繊維だけが交叉する。外側半分の繊維は交差せずに視交叉で直角に折れ曲がり,反対側からきた内側半分の繊維と同じ束(視束)をなして本来の側の中枢へ入る(これを半交叉という)。つまり,各側の網膜において同じ対象物が映った部分からくる繊維は同側の中枢に達するわけである。この結果,左右の中枢はわずかに異なる全体像の各半分だけを二重に生ずることになるが,大脳の両半球の間にある複雑な連絡のおかげで,各半像が連続した単一の立体像として認識されるのである。カメラの距離計,測距儀,双眼鏡,双眼実体顕微鏡などの光学器械は,立体視の原理を応用したものということができる。

田隅 本生

ヒトの立体視

ヒトの目は,左右に60mm前後の間隔をおいて並んでいるため,奥行きのある立体物を見る場合に,左右眼に映る物の形は,少し違っているが,遠方のものほどその違いは小さい。両眼に映った像を脳内で同時に知覚し融像して,立体的な感覚を得ることができる。したがって,斜視があって両眼を同時に使えない場合や,片目の視力が著しく低下している場合には,立体視は困難となる。両眼の像を,偏光眼鏡や赤と緑のレンズで分離させ,左右眼にそれぞれ少しずつずらして描かれた図を見せることで,立体視ができているかどうかを検査することができる。立体写真や立体映画はこのような原理を利用したものである。

山本 裕子