平凡社 世界大百科事典

立体配置

狭い意味では不斉炭素原子(または炭素以外の不斉原子)に結合した4個の互いに異なる原子または原子団の配列のしかたをいう。不斉炭素原子1個をもつ化合物(たとえば乳酸)には2種の異なる立体配置があり,異なる立体配置をもつ化合物は互いに立体異性の関係にある(図1)。これらは互いに対掌体,またはエナンチオ異性体(エナンチオマー)であるといわれる。一般に不斉炭素原子n個をもつ化合物には最大2n個の立体異性体が存在しうる。たとえばグルコースには4個の不斉炭素原子があり,24=16種の立体異性体が存在しうる。これらのすべてが知られており,炭素正四面体説の有力な根拠になった。立体配置は炭素-炭素単結合の間の自由回転が可能であるという前提のもとでの立体構造であって,単結合のまわりの回転が束縛された結果生じる立体異性すなわち立体配座と区別される。新しい定義によると,立体異性体A,Bの相互変換のエネルギー障壁が高く,室温では変換が起こらないような場合,AとBは配置異性体であるのに対して,室温でも相互変換が起こりうるほどエネルギー障壁が低い場合,両者は配座異性体である。なお,配置異性と配座異性を分けるエネルギー障壁はおよそ100kJ/mol(25kcal/mol)である。この定義によると,幾何異性は配置異性である。立体異性体A,Bを区別,命名する立体化学命名法は歴史的な理由で2通りに大別される。

相対立体配置

分子の立体構造を直接観察する方法がなかった19世紀末~20世紀初めの時点では,化学者はたとえ2種の立体異性体を光学分割しえたとしても,どちらがどちらの構造に対応するのかを判断するすべはなかった。20世紀初め,ウォールA.WohlとフロイデンベルクKarl Freudenberg(1886- )は,E.フィッシャーの提案に基づき,相対立体配置の考え方を定義した。二つの化合物が不斉中心原子の関与する結合を切ることなく,あるいは結合が切れても反転が伴うことなく,化学的に相互変換が可能であれば(少なくとも原理的には),両者は同じ相対立体配置をもつ。たとえば(-)-2-メチル-1-ブタノール(左旋性)を酸化すると右旋性の(+)-2-メチル酪酸が得られる。旋光性の符号は異なるが,両者の相対立体配置は等しい。相対立体配置の基準として,最も簡単な糖であるグリセルアルデヒドが選ばれ(図2),右旋性の(+)-グリセルアルデヒドは図2-aの立体構造をもつと仮定された。またこの立体配置はD-型,対掌体の立体配置はL-型と定義された。この定義によると図1-aの相対立体配置はD-型となる。一方,D-(+)-グリセルアルデヒドから(-)-乳酸が得られるから,図の二つの乳酸はそれぞれD-(-)-乳酸(図1-a),L-(+)-乳酸(図1-b)となる。このように旋光性の符号と相対立体配置の符号は相関しない。

絶対立体配置

相対立体配置は立体構造の整理に有用で,とくに糖類の化学の進歩に及ぼした影響は大きかった。しかし,相対立体配置にはいくつかの難点があった。糖類のように,その構造が基本的にグリセルアルデヒドに類似している化合物では問題は少ないが,グリセルアルデヒドと構造上の類似が少ない化合物では,相対立体配置を一義的に定義しえなかった。これらの困難は1951年バイフートJ.M.BijvoetがX線異常散乱によって酒石酸ナトリウムルビジウムの立体配置を決定することにより解決した。このように直接観察によって決められた立体配置を絶対立体配置という。幸いにして,相対立体配置と絶対立体配置は一致した。

R,S命名法

相対立体配置におけるD,L命名法に対応する命名法が絶対立体配置にも必要であることは,早くも1950年代後半にイギリスのカーンRobert Sydney Cahn,インゴルドChristopher Kelk Ingold,スイスのプレログVladinir Prelogらによって指摘された。56年,彼らはRS表示と呼ばれる新しい立体化学命名法の基本を提案した。それによると不斉炭素原子に結合した4個の原子または原子団に順位規則によって順位を与える。すなわち,まず不斉炭素原子に直接結合した原子の原子番号の大小で順位をつける。優劣がつかない場合は,その原子に結合した原子の数と原子番号の大小で順位をつける。4種の原子または原子団をL,M,S,s(優先順位をL>M>S>s)とし,図3のようにsを目から最も遠い位置においてL→M→Sとたどった軌跡が右まわりの円をなすときR配置,左まわりのときはS配置と定義する。この命名法によるとD-(+)-グリセルアルデヒドはR配置をもつ。まぎらわしさがないため,RS表示は急速に普及して現在に至っている。しかし20世紀前半に書かれた論文にはD,L表示が広く用いられているので,実際には両方の表示法が必要である。

竹内 敬人
図1~図3
図1~図3