平凡社 世界大百科事典

ストレージリング

円形軌道をつくる磁場の強さを一定に保ち,高エネルギー粒子ビームを回しながらリング状の真空ダクトの中に貯蔵する形式のシンクロトロン。貯蔵時間は数時間から,長いものは数日にも及ぶ。ビームを長時間軌道上に保持するため,通常のシンクロトロンに比べ,真空やビーム収束などで,非常に高度の技術を要する。ビームと残留気体分子との衝突を少なくするため,ビームダクトの中は,電子用のリング(電子リング)では10⁻12~10⁻13atm以下,陽子用のリング(陽子リング)では10⁻14~10⁻15atm以下にする。ストレージリングには次のような用途がある。

(1)ビーム衝突リング 素粒子や原子核の実験では,高エネルギーに加速した粒子やそれから二次的に発生する粒子を,静止した原子核標的にぶっつけ反応を起こさせるのが一般的である。しかしこの方法は,反応に利用できるエネルギーでみると,ぶっつける粒子のエネルギーが大きくなるほど能率が悪くなる。それは粒子の速度が光速に近づくと,相対論的効果による質量の増大が著しくなるためである。静止質量mの粒子どうしの衝突では,一方が全エネルギーE,他方が静止とすると,最大の反応エネルギーは,

である。これに対し,2粒子をともにエネルギーEで正面衝突させると,このエネルギーは2Eになる。非常にエネルギーが大きい(Emc2)場合,両者の差は著しい。ストレージリングを用いると,このように加速粒子どうしをぶっつけ,静止標的の方法ではとうてい実現できないエネルギーの実験が可能となる。これがビーム衝突リングで,二つのストレージリングを数ヵ所で交差させ,2種のビームを交点でぶっつける方法と,一つのリングに,粒子,反粒子の関係にある2種のビームバンチ(集群)を,同一軌道上を互いに逆向きに回してぶっつける方法がある。1回の衝突で反応が起こる確率は小さいが,ビームは軌道の回転周波数で繰り返しぶつかるので,実用に十分な反応頻度が得られる。現在,電子・陽電子,陽子・陽子,陽子・反陽子の衝突リングがある。

(2)シンクロトロン放射光リング 荷電粒子が高速で円運動をすると,そのエネルギーの一部が光として軌道の接線方向に放出される(シンクロトロン放射)。もっとも軽い荷電粒子である電子では,数億eV以上でこの効果が著しくなる。このような電子のシンクロトロン放射光は,マイクロ波からX線領域に及ぶ連続スペクトルをもち,非常に強力であるため,実験用光源として物質構造の研究などに利用される。電子ビームはストレージリングに貯蔵され,高周波加速空洞からエネルギーの補給を受けながら,長時間にわたり光を放出し続ける。

(3)パルスストレッチングリング 線形加速器などパルス的に運転される装置では,強力なビームが非常に短い時間幅で加速される。このようなビームは,多くの場合精密な実験には不向きであるため,パルスビームを,まとめてストレージリングに入射,貯蔵し,少しずつ連続的に取り出して実験に供給する。このような目的で使われるストレージリングをパルスストレッチングリングと呼ぶ。

木村 嘉孝