平凡社 世界大百科事典

応力腐食割れ

金属材料は,応力という物理的な働きとが,たまたま材料に弱みがあると協同作用を及ぼし合って,材料を破壊に導く現象である。工業的に使われている材料は,環境条件のいかんによっては割れるおそれをもっていると考えてよい。応力腐食割れに関与する因子は数多く,科学的研究の立場からみると現場科学(フィールドサイエンス)によく似ている。応力腐食割れに関する研究の歴史は,いつも次のようなサイクルの繰返しになる。(1)新しい技術の誕生→(2)経験のない環境下での材料の使用→(3)応力腐食割れ現象の発生→(4)科学的研究の開始→(5)割れ条件や割れ機構の解明→(6)有効な対策の実施→(1)。

発生条件

応力腐食割れのおこり方については次のような一般的特徴がある。(1)特定の材料と環境の組合せに限って発生の可能性がある。材料は,含有する微量成分,加工履歴,熱処理履歴などで,応力腐食割れに対する感受性に変化が出る。環境は,銅合金にはアンモニア,アルミニウム合金やステンレス鋼には塩化物,炭素鋼には硫化水素とか苛性ソーダなどのような組合せがよく知られている。(2)一般には引張応力が必要であり圧縮応力下では発生しない。(3)潜伏期間を伴って発生する現象であり,使用環境にしばらく放置されたのちに発生する。(4)割れの発生は電気化学的な現象であって,金属材料の表面状態が遷移をおこす不安定な状態にある電位範囲で発生する。この感受性の高い電位範囲を避けることで電気防食が可能である。(5)実用金属材料は微小な結晶の集合した多結晶体と呼ばれるものである。このため割れの形態としては,結晶粒界に沿って割れの進行する粒界割れと,結晶粒内部に割れが貫通する粒内割れ(貫粒割れ)の二つに区別される。粒内割れでは激しい分岐を伴う場合もある。応力腐食割れの発生を防止するには,材料の感受性の低下,環境中の特定の腐食成分の除去,材料の環境中で示す電位の制御,引張応力の除去,のうちのいずれかの対策を行えばよい。環境全体としては,特定成分や温度が限度以下であっても,局部腐食における塩化物の濃縮のように,局所条件の変化によって誘発されることがある。このような場合には,温度の不均一化を抑えて,すきまなどをつくらない,防食設計全般の考慮も必要となる。

水素脆化

体心立方(BCC)構造をもつ鋼は,鋳造,塑性加工,酸洗い,めっき,腐食などの過程で容易に水素を吸収する。水素脆化(水素脆性)hydrogen embrittlement(HE)は,水素の吸蔵によって鋼の機械的性質に変化がおこり,引張応力の存在下でもろくなる現象を指す。一般に金属の水素脆化には,溶解した水素原子が応力による変形に伴って結晶内部で移動することを原因とする拡散型水素脆化と,水素化物の析出が原因となる析出型水素脆化があるが,鋼の場合は前者の拡散型であり,常温付近で最も感受性が高くなる。もともと水素を吸蔵しないように注意深く製造した鋼材でも,使用環境中での腐食反応が原因となり徐々に水素を吸収し,最終的には水素脆化機構により割れに至る。これは応力腐食割れの典型的な例の一つである。酸洗いやめっきの工程で吸蔵した水素が原因で割れるような場合は,水素脆化割れではあっても腐食に伴っておこるのではないので,応力腐食割れではない。高張力鋼がごくふつうの環境にさらされながら引張応力下である時間経過後に割れる現象を,とくに遅れ破壊delayed fractureと呼んでいる。高張力鋼の場合には,使用時の応力が大きく,材料の成分や組織の面からも少量の吸収水素で脆化割れの原因となる。弱い腐食環境であっても水素脆化機構による応力腐食割れがおこるので,遅れ破壊もこの一例にすぎない。

時期割れ

応力腐食割れという現象がはっきり認識される以前から知られていたことの一つに時期割れseason cracking(置割れともいう)がある。これはもともとは木材のひび割れに使った言葉である。冷間加工を受けて残留応力がある状態の黄銅(シンチュウ)は,アンモニアを含む湿った大気中に放置されると自然に粒界割れ形態の破壊をおこす。銃弾の薬莢(やつきよう)などに発生するもので,応力腐食割れの典型的な例の一つである。

活性経路割れ

応力腐食割れは反応のメカニズムのうえで,水素脆化機構と活性経路割れactive path corrosion(APC)機構の二つに大別される。水素脆化は体心立方構造の鋼に特有のもので,割れ形態は粒内割れである。高い引張応力を付加した高張力鋼に発生する遅れ破壊や,硫化物を含む環境でおこる硫化物応力腐食割れ(硫化物割れ)sulfide stress corrosion cracking(SSCC)等が含まれる。活性経路割れは,金属の電気化学的溶解と引張応力との協同作用でおこるものであり,粒界割れと粒内割れの双方が存在する。協同作用の様式としては一段階機構と二段階機構とがある。一段階機構は,電気化学的溶解反応が連続的に進行して割れを進展させるもので,応力は溶解経路の活性化を持続するために必要となる。粒界があらかじめ存在するアノード経路になる場合と,割れ先端の応力集中でつぎつぎとすべり面が働き活性経路を連続させて粒内割れに至る場合が含まれる。二段階機構では,電気化学的溶解と応力による機械的破壊が交互に不連続に進行する。環境中に存在する特定化学物質が割れ面に吸着して表面エネルギーを低下させる作用が大きな寄与をする収着割れsorption cracking機構や,割れ先端での酸化物皮膜の形成と割れが交互に繰り返すことで破壊が進行する皮膜破壊film rapture機構が含まれる。現実には材料と環境の組合せについて割れ機構は変化するので,単純に割り当てることは難しいが,個々の現象を整理して考える枠組みとしてはここでとりあげたような機構が有用である。

硫化物割れ

炭素鋼,高張力鋼は,硫化水素を含む環境で,水素脆化機構による粒内割れを生ずる。硫化水素の存在は,水素発生型の腐食を促進すると同時に,原子状水素の鋼中への吸蔵に触媒的な役割を果たす。割れ感受性は20~30℃で最も高くなる。この現象は酸性油田や天然ガス用油井管で問題となる。日本では,1962年にLPG(液化プロパンガス)貯蔵用球形タンクに割れが発見されたのを契機として研究が進み,LPGの中の微量硫化水素の除去が有効な防止策となった例がある。

苛性割れ

高温高濃度の苛性ソーダ溶液中でおこる粒界割れを苛性割れという。古くは苛性脆化という言葉が使われたが,メカニズムとしては活性経路割れであり,水素脆化ではないとされている。ボイラーなどでは全面腐食防止のための抑制剤として苛性ソーダを添加するが,割れ発生限界を大幅に下回る量であるにもかかわらず,運転中に局部的過熱などを原因として濃縮された部分が生ずることによってはじめて割れ発生がおこる。加圧水型原子炉には600合金というニッケル合金材料が使われるが,蒸気発生器系統でこの種の粒界型の苛性割れ発生の事例が生じたことがある。

塩化物割れ

304鋼(18Cr-8Ni-Fe)に代表されるオーステナイト系ステンレス鋼は1920年代に開発されたものであるが,塩化物イオンと酸素を含む高温水溶液中で割れが発生することはすぐに問題となった。1944年には第1回の応力腐食割れの会議が開かれ,以後高温高圧塩化物溶液中で応力腐食割れをおこさない材料の研究が盛んに行われた。現実の工場などでの経験では20ppm程度の塩化物濃度でも割れ事故が発生するが,これはすきま腐食,孔食などが先行して局部的に塩化物を濃縮した場所ができてはじめて割れに至るのである。現実に即した低濃度塩化物溶液での割れの研究が行われるようになったのは近年のことである。割れ形態は粒内割れであり,塩化物イオンがなければ割れない。溶接熱影響部では,腐食されやすい状態となる鋭敏化がおこり粒界割れとなる場合もある。

高温高圧純水中での割れ

沸騰水型原子炉(BWR)の純水を使う配管系で1965年にはじめて304鋼の割れが発見された。塩化物がなければ割れないという当時の常識を裏切る出来事であった。その後の研究の結果では,鋭敏化された304鋼は0.2ppm以上の溶存酸素を含む高温(260℃以上)高圧水中で粒界割れを生ずることがわかり種々の対策が立てられた。鋭敏化材におこる粒界割れは,ポリチオン酸を含む水溶液中でも経験される。これらの応力腐食割れのおこる材料と環境の組合せの例を表に示す。

増子 昇
表-応力腐食割れの例
表-応力腐食割れの例