平凡社 世界大百科事典

構造言語学

構造言語学ないし構造主義言語学ということばは,ふつう1920年代から50年代にかけてヨーロッパとアメリカに生じた革新的な言語学の諸流派を総称するのに用いられるが,具体的にはプラハの音韻論学派(プラハ言語学派),コペンハーゲンの言理学グループ,アメリカの記述言語学の諸集団およびそのどれにも属しない諸学者の多種多様な主張や見解が含まれる。最大公約数的な理論上の特徴をあえてあげるならば,言語を記号学的体系と認め,あらゆる言語に普遍的な最小の記号単位の数や組合せの面での相違が言語体系の構造の差異を作ると考えて,各言語の精密かつ全面的な構造的記述の理論と実際を追求する立場といえよう。

構造言語学の先駆者たち

19世紀末から20世紀初頭にかけての言語研究は青年文法学派によるインド・ヨーロッパ語の史的比較研究(音素的な単位を想定する考えを示した。彼らはいずれも諸言語に共通する,ことばの社会的機能や記号的性質を研究する普遍主義的・構造主義的な言語研究の新しい分野の可能性を説いたが,同時代の大多数の学者から無視される結果となった。

ソシュールと構造言語学

近代における言語学のコペルニクス的転換の契機を作ったとされ,近代言語学の父とも呼ばれるF.deソシュールは若くしてインド・ヨーロッパ語比較文法の俊秀として令名があり,パリでA.メイエをはじめ多くの比較言語学者を育てたが,1891年から生れ故郷のジュネーブに移り,1913年に死ぬまで大学の教壇に立った。その死後16年になって弟子たちが筆記ノートを集めて彼の講義を復原し,師の名による《一般言語学講義》として出版した。ソシュールがホイットニーとボードゥアン・ド・クルトネおよびクルシェフスキの所説を評価していたのは事実であるが,この《講義》では新しい言語学の対象と方法がはるかに明快に,かつ正面切って提出されている。たとえば,有名な〈ラング〉と〈パロール〉の区別をはじめ,言語の記号学的性質,言語記号の恣意性とその線的性質および離散的(示差的)性質,ラングの共時態と通時態の区別など,当時としてはきわめて革新的な見解が示されている(詳しくは〈R.ヤコブソンが1926年結成されたプラハ言語学派に拠ってソシュール学説の発展としての音韻論学説の構築を始めたのがヨーロッパにおける構造言語学とソシュール評価の始まりであった。

ブルームフィールドと構造言語学

一方,この時期のアメリカではアメリカ・インディアン諸族の文化人類学的研究の進展の中で,その言語の記述のために伝統的な文法によらぬ客観的な方法を必要としていた。アメリカ・インディアン諸語を広く研究したL.ブルームフィールドで,その著書《言語Language》(1933)は行動主義心理学に基づく記述言語学の具体的な方法論を明快に示すものであった。その手法は観察可能な外面的要因から出発して言語コミュニケーションの内容へと至る反メンタリズムanti-mentalismのアプローチと,一言語体系の諸単位が占め得るあらゆる位置的分布の記録・分析による機能や意味の同定であり,後者はとくに分布主義distributionismと呼ばれるアメリカ構造言語学特有の方法的特徴となった。

構造言語学の諸流派

(1)プラハ言語学派の最大の貢献は音韻論の諸原理の完成にあり,とくに先に名をあげたトルベツコイとヤコブソンの業績によっている。形態音韻論や通時音韻論に特色があり,音素の定義自体もアメリカの音素論とは異なり意味弁別の機能に基づく。ほかに詩的言語(A.マルティネであり,機能的音韻論を推進する一方,省力化ないし経済性の観点から音声変化を説明する独自の通時的音韻論の試みを示した。

 構造言語学の諸原理は70年代にはもはや単一の学派的主張としてではなく,現代言語学の主要潮流のすべてに共通し分有される基本的テーゼとなっている。構造言語学とくにプラハの音韻論の開発した構造分析の方法論は他の学問的領域にも適用され,たとえば文学研究,フォークロア研究,神話学,文化人類学,社会学などにおける構造主義の発達に明瞭な影響を与えている。→構造主義

佐藤 純一