平凡社 世界大百科事典

構造主義

1960年代以降フランスで生まれた現代思想の一潮流。フランスの人類学者R.バルトが《モードの体系》(1967)を世に問い,その他文学批評の分野でも構造分析が行われ,いずれも何らかの形で〈構造〉ないし〈システム〉を鍵概念として近代西欧の観念体系を批判吟味する新しい構造論的探求を展開した。そして〈構造主義〉は,それまでの20世紀思想の主潮流であった〈実存主義〉や〈マルクス主義〉をのりこえようとする多様な試みの共通の符牒となった。

構造あるいはシステム

構造主義の鍵概念である〈構造〉ないしは〈システム(体系)〉という概念は,古くからある概念であり,多義的な概念である。それは,一般的に,〈個々の部分としての諸要素の単なる総和ではなく,それらが密接にかかわりあっている全体であり,一つの要素の変化が直ちに他の諸要素および全体に変化をひきおこすような統合的な諸関係の総体〉と規定される。しかし,構造主義における構造概念の重要な点は,構造を,事物の自然的・具体的な関係ではなく,むしろ事物がそれによって他から区別されて(差異によって)出現する関係の体系であり,それは人間の歴史的・社会的実践において無意識のうちに事実的に形成されると考える点である。これは,言語をめぐってソシュールをはじめ構造言語学者が明確にした構造(体系)概念であった。そこでレビ・ストロースは,〈言語学はわれわれに,弁証法的で全体化性をもつが意識や意志の外(もしくは下)にある存在を見せてくれる。非反省的全体化である言語は,独自の原理をもっていて人間が知らぬ人間的理性である〉(《野生の思考》)と考え,経験的事象としての〈社会関係〉と〈人間が知らぬ人間的理性〉すなわち無意識的な文化(人為)の規則性としての〈社会構造〉とを区別し,社会的事象を〈象徴(シンボル)〉のコミュニケーションのシステム(構造)としてとらえる構造論的探求を展開した。このような考え方の基礎には,言葉ないし観念(主観)を物(客観)を引き写して代理表現するもの(ルプレザンタシオン=表象)とみる近代哲学の〈主観-客観〉原理をくつがえして,その理性主義を根底から批判する新しい哲学的立場がある。

認識論的断絶

それを明確にしたのがフーコーである。彼は近代西欧の人間諸科学の成立の歴史のうちに,それらを一定の型の認識のしかたとして出現させた〈認識論的台座(エピステーメー)〉を探り出し,そうすることで近代理性主義によっては思考されない無意識的領野(実定性の領域)を画定し,これを〈言説(ディスクール)実践のシステム〉として解明した。それは,近代哲学が前提する個人の表現活動や超越的主観の理性活動とは異なる〈匿名的で歴史的で時空的に決定されてある〉もので,人間が世界について語り出すさまざまなしかた(言説編成)の諸規則の総体であり,世界はこの〈意識〉とも〈客観的実在〉ともちがう〈言説システム〉において姿を現すのである。フーコーは,近代的思考との認識論的断絶を明確にするこの新しい探求を〈知の考古学〉と呼んだ。

目的論的歴史観の廃棄

このようなフーコーの見方では,多様な言説システムに応じて多様な世界の相互連関システムがあり,したがって人間にとってただ一つの普遍的な世界史というものはなく,またそれを精神(理念)や人間性などの開花完成に向かって進歩発展するものと考える近代の目的論的発展史観は廃棄される。アルチュセールも,目的論的発展史観の上に解釈されていた旧来のマルクス主義(唯物史観)を批判して,マルクス思想を,社会と歴史を経済的,政治的,イデオロギー的生産の諸構造の〈重層的決定〉の力動的なシステムととらえる新しい〈歴史の科学〉を創出したものととらえ直し,構造論的な科学認識論を展開して大きな影響を与えた。このような歴史観の転換は,レビ・ストロースの〈冷たい社会〉の〈停滞的歴史〉(例えば未開社会のような)と〈熱い社会〉の〈累積的歴史〉(例えば近代西欧社会のような)の差異は相対的で,人類の諸社会とその歴史は,それぞれに独自の意味と価値をもつという考え方とともに,これまでの西欧中心的な歴史観を決定的に突き崩した。

人間中心主義の廃棄

こうして,〈構造主義〉として一括されたさまざまな試みは,人間の営み(認識,経験,労働・生産,社会,歴史等々)をとらえる中心を,旧来の主観的意識から無意識的実践の構造へと〈脱中心化〉して近代西欧の観念体系を批判したが,それはその集約的基盤であった主体的な〈人間〉という観念を根底的に廃棄することであった。フーコーは,人々が自明のこととしている〈人間〉が,16世紀以降の西欧文化がつくり出した形象にすぎず,新しい知の下では〈人間は波打ちぎわの砂の表情のように消滅するだろう〉(《言葉と物》)と語って,人間諸科学の変革を説いたし,レビ・ストロースは,〈人間諸科学の究極目的は,人間を構成することではなく人間を溶解することだ〉(《野生の思考》)と論じて,人間(文化)と自然の関係の再吟味を促した。〈構造主義〉は,多様な展開方向を含みながら,近代西欧文化に転換を告知する〈構造主義革命〉をひきおこすものであった。

構造主義以後

構造主義はフランスで生まれ,したがってM.モースの人類学やバシュラール,カンギレームの科学認識論,あるいはメルロー・ポンティの哲学など,総じてフランス思想の伝統に立つが,同時にマルクス,ニーチェ,ソシュール,フロイト,ハイデッガーなど19世紀末から20世紀前半にかけての思想的変革の努力を引き継ぐものといえる。そして,〈構造主義〉という一括的名称は,早くも1968年の〈五月革命〉のなかで〈構造主義は死んだ〉と語られて,1970年代以降拡散したが,それは人類学,言語学,精神分析などを中心とする人間諸科学の相互連関的探求に発展し,また諸分野での〈記号論〉的探求を生み,さらに広く,近代科学・技術への批判的反省,自然の復権を求める思想動向などを起動促進した。そのなかからは,各種の〈文化記号学〉的探求や〈経済人類学〉的試みなどの新しい探求が生まれつつある。構造主義は,日本にも1960年代末以降移入紹介され,大きな思想的影響をひろげている。→構造言語学

荒川 幾男