平凡社 世界大百科事典

自殺

みずからの意志でみずからの生命を絶つ行為。ヨーロッパ語でも日本語同様に〈みずからを殺す〉という意味の合成語である。したがって,人に犠牲を強いられたり強制されたりして死ぬのは自殺とはいわない。古来,自殺に対する評価も多様であり,宗教上の教義とも深くかかわっている。コーランやタルムードでは自殺を罪悪として厳しく禁止しており,キリスト教も自殺を罪悪としてきた(一時期,凌辱を避けるための婦人の自殺の是非についての論議があった)。ヒンドゥー教においては,自己の意思で自己を解放するとして自殺者をたたえ,また,夫の後を追って焼身して死ぬ未亡人は大いに称賛された。古代ギリシアでは有罪を宣告された犯罪者がみずからの命を絶つことは認められていた。また,仏教徒には焼身自殺をすることによって,社会に抗議する例がみられる(ベトナム戦争中のベトナムの僧尼,日本の江川桜堂を盟主とする〈死なう団〉など)。

直接動機と準備状態

自殺の場合,まず注目されるのは直接動機である。これを年齢別に検討すると,小・中学生の場合は,環境的ストレス,つまり親の叱責(しつせき)とか,両親の離別,学校でのトラブルなどが多く,高校,大学へと進むと,個人的な問題(受験や就職,失恋,前途不安など)での悩みが多くなる。壮年期では,男子は仕事上の問題,女子は家庭的トラブルなどが動機となりやすい。老年期にはこれに加えて,身体疾患などが重視されるようになる。しかしどの例をみても,自殺は準備状態(自殺傾向)と直接動機との間に関数的関係があることに留意すべきである。まず準備状態が発生し,それに直接動機が加わって,自殺が決行される。したがって,自殺の準備状態が非常に強く形成されている場合には,直接動機は予想外に小さなものでも自殺は発生する。逆に自殺傾向が非常に小さい場合は,かなり強力な直接動機が加わらない限り,自殺は生じない。この自殺傾向の要因には,社会・環境的要因,生物学的要因,心理学的要因の三つが考えられる。

自殺の社会学的側面

自殺の社会的要因を研究したのは,フランスの社会学者É.デュルケームである。デュルケームは《自殺論Le suicide:étude de sociologie》(1897)で,社会現象としての自殺(率)の動向を,個人の病態心理的要因や人種,遺伝,気候などの生物学的要因では説明しきれないとし,社会的構造の特性との関連で考えた。すなわち,彼は近代社会に特徴的な自殺のタイプとして,(1)愛他的自殺suicide altruiste,(2)利己的自殺suicide egoïste,(3)アノミー的自殺suicide anomique,(4)宿命的自殺suicide fatalisteの四つに分類した。(1)は社会の統合が過度のため,個人の関心や生命が過小評価される社会において現れ,自殺は義務として強いられ,また,尊敬すべき行為とみなされる場合もある。(2)は社会の統合が弱体なため,人格的自由,責任,独立が規範とされ,社会的規範が個人の行動を規制する機能を失ったとき,個人間の結びつきの弱い者に現れる。デュルケームは統制力や団結性の強いカトリックに比べて,宗教的個人主義の強いプロテスタントにこの傾向が強いとする。(3)は社会の規範喪失状態において現れる自殺で,社会の変動期に価値意識の崩壊による個人の方向感覚の喪失,安定感の消滅から生ずる。(4)は過度の抑圧状態(奴隷や囚人の場合など)において生ずるアノミー的自殺である(アノミー)。

 このように自殺は社会構造との関係で説明されてきたが,同一社会構造においても,年齢・性別・地域・季節などの社会的環境の相違によっても違いは生じてくる。世界的傾向として,高齢者,女子より男子,既婚者よりも独身者や離・死別者,農村住民より都市住民,季節としては春に自殺率が高いと統計上いわれている。

自殺の生物学的側面

生物学的要因で最初に問題になるのは遺伝的要因である。自殺そのものが遺伝するとはまず考えられないが,自殺を生じやすい精神病(たとえばうつ病や統合失調症など)や異常性格の遺伝的要因は考えられることである。自殺者多発家系の存在も決してまれではなく,うつ病,統合失調症,異常性格,敏感関係妄想(内気で対人関係に敏感な性格の持主が,困難な社会的状況に置かれたときに抱く種々な妄想)などでは,一般社会人に比べて自殺頻度が高く,なかでもうつ病は自殺の主役である。これらの病気の多くは思春期に好発するが,例外として老年認知症(初期に自殺が多い)やアルコール依存症などがある。救急病院に運ばれてくる自殺企図者の大部分は,うつ病を中心とするうつ状態によって占められている。女子の場合は,月経時の緊張状態が症状を増悪させることがよくある。しかし注意すべきことは,たとえうつ病者であっても,そのなかで自殺を企てる者はごくわずかだということである。彼らの背景にはなんらかの特殊事情,とりわけゆがんだ人間関係の存在することが知られている。また一卵性双生児で,片方が自殺を企てたとしても,他方が自殺を企てない例もかなり多く,自殺者を生物学的要因のみから説明することはできない。

自殺の心理学的側面

自殺者のなかには,幼・小児期に親の欠損状態にあった者や過去に家出や非行の既往をもつ者が多く,とくに子どもの場合,家出は大きな問題で,自殺への一つの注意信号ともなっている。自殺は〈耐えがたい環境からの逃避〉の悲惨な結果とみることができる。非行,反抗,神経症的態度,アルコールや薬物への依存などはすべて,逃避的態度の表現といえ,自殺はその極端な一つの現れなのである。なお自殺者に特有の性格特徴が見いだせるかどうかという点では定説はない。しかし,外界の刺激に反応を起こしやすい性格,つまり,偏倚(へんい)した性格の者に自殺が起こりやすいことは想像に難くない。また自殺者には対人関係がうまくいってないケースが多い。

自殺の日本的傾向

日本は世界有数の自殺国といわれてきた。確かに1901年の人口10万人当りの自殺死亡率はスイス(22.4),ドイツ(20.8)に次いで日本(17.7)であり,1980年の統計でも,ハンガリー(44.9),デンマーク(31.6),オーストリア,スイス(ともに25.7),フィンランド(24.7,ただし1979年の統計),西ドイツ(20.9),スウェーデン(19.4)などに次いでいる(日本は17.7)。これらの国々と比較して日本の場合,65歳以上の高齢者の自殺死亡率が急激に上昇していることが顕著な相違である。また,かつては20歳代に大きなピークをもっていた自殺率が,近年,40歳代後半から50歳代前半に大きな山を描くように変化してきている。この傾向は女子にほとんどみられず,男子特有の現象としてあることに特徴がある(図参照)。この傾向は自殺の理由として,〈経済生活問題〉が増えていることと関連してくる。サラ金(サラリーマン金融)からの借金を苦に自殺する者が急増している傾向や,夫婦が離別ないし死別した場合の自殺率が男子244.5(離別),126.9(死別)に対し,女子の場合にはそれぞれ35.9,41.8であるという統計に示されている。また,日本的特徴の一つとして,都市住民よりも農村住民に自殺率が高いということがある。東北,中国,四国,九州に高率の県が多い(男子では宮崎,島根,岩手,高知,鹿児島の順,女子では岩手,島根,新潟,香川,山口の順である。1980年性・都道府県別自殺訂正死亡率より)。情死や心中(異性心中,一家心中,母子心中)のような集団自殺も日本的特徴といえよう。

 以上のような日本の自殺傾向は,デュルケームの分類に従えば,愛他的自殺の範疇(はんちゆう)に含まれよう。このことは日本において都市化が進んでいるにもかかわらず,家族や職場,農山漁村における人間関係や価値意識が変化することなくあることから生ずるといえる。かつて青年は家族制度や封建遺制の狭間に苦しみ,加えて就職,結婚等の問題を抱え,絶望や抗議のために自殺する傾向をもっていた。近年,40~50歳代の壮年層は,企業の中間管理職的立場にあって,家庭内問題を抱えて自殺に走る傾向を示している。この場合,世間にわびて,あるいはわが身の潔白を訴えての自殺,夫の浮気を諫(いさ)めるための自殺(諫死),主人の後を追っての自殺(殉死)など,その手段こそ違うものの武士の切腹と似た意識が働いていよう。また,情死や心中に典型的にみられるように,この世ではかなえられない望みを死をもって〈あの世〉で成就させようという自殺は,死という手段をもって,社会に抗議しようという側面ももつ積極的なものであった。しかし,この種の復讐(ふくしゆう),抗議としての自殺は個我の確立や民主化の過程で,徐々に利己的自殺やアノミー的自殺に推移してきている。高齢化社会日本の今後の課題として,老人が社会保障の不備のため,老後の生活に絶望して自殺する傾向の増加があろう。

大原 健士郎

法律問題

自殺ほど,それに対する社会的価値判断が揺れ動き,情熱的に議論され,各論者の感情・価値観等の対立による強い影響を受けた人間の行為は少ない,といわれる。歴史を概観する限りでも,自殺を忌諱すべきものとして社会的に取り扱う傾向は確かに看取されるものの,自殺それ自体を一般的に明確に現代と類似の意味での犯罪であるとして処罰する法思想・伝統の存在は確証しえない。ローマ法では宣誓により生命が国家に帰属せしめられた兵士の自殺未遂のみが処罰された。よくいわれる自殺処罰へのキリスト教の影響も,なるほど,15世紀の教会法大全は自殺を殺人と同じに扱いはするが,続く時代の1532年のカロリーナ刑事法典は刑罰等を科されることを恐れたために自殺する者の財産没収を定めるにとどまるし,1796年のテレジアナ法典も自殺者の正式埋葬を禁ずるにすぎない。そして,18世紀中葉の啓蒙思想の興隆以降は,1813年のバイエルン刑法典を経て,ドイツ全土に自殺不可罰の気運が拡大したのである。イギリス,アメリカでも,自殺はコモン・ロー上の犯罪ではあったが長い間処罰例はないに等しく,イギリスでは1961年の自殺法により,アメリカでは,自殺をコモン・ロー上の犯罪として維持する州でも対応する刑罰の不存在化により,明確に不可罰となった。日本でも《公事方御定書》,新律綱領,改定律例等が不義・姦通の男女の心中に関する罰則等を置いていたにすぎない。現在では,自殺を犯罪とすることは,イスラム世界等なお行末を見届ける必要のある地域はあるものの,日本を含め世界的に過去のものとなったといえよう。これは,刑法と宗教ないし倫理との関係を断ち切り,生命も原則的に個人の自由な処分に服すべき個人的法益としてとらえようという思想への転換傾向を示すものであるといえよう。しかしこの問題はなお未完である。それを示すのが,自殺を不可罰とするにもかかわらず,実質的な自殺に関係する罪,すなわち自殺関与,嘱託殺人,承諾殺人等を残している立法例の存在である。

伊東 研祐

自殺の法医学

ある人が死亡した場合,その人が自殺したとするためには,その人に死ぬ意志があったこと,死に至った行為が,死ぬことを目的としたその人の行為であること,その行為によって死ねることをその人が知っていたことが必要である。たとえ,本人に死ぬ意志があっても,他人に依頼して死亡した場合は自殺ではない。逆に,本人に死ぬ意志はないのに,他人にそそのかされ,強制されて,その人の行為で死亡した場合も自殺ではない。このような場合,日本の法律では,依頼された人,そそのかし,強制した人は殺人罪に問われる。また,縊死(いし)した場合のように行為と死亡との間に直接的因果関係がある場合は自殺として問題はないが,腹部を刺して,そのために生じた腹膜炎によって死亡した場合のように,間接的な因果関係の場合も,病死ではなく,自殺である。死亡した人の自殺,他殺,事故死の鑑別は非常に重要であるが,目撃者のないことがほとんどである自殺を,明確にすることは困難な場合が少なくない。一般に,自殺の場合は遺書が残されていることが多く,日記や手紙などに自殺の意志が表明されていることもある。しかし,この遺書を利用して殺人が行われることもある。仏壇に花や水を供えたり,墓参りをしたり,それとなく近親者や友人に別れをし,部屋を片づけ,形見分けをし,近親者の命日,仏壇の前や祖先の墓前を選んだり,身なりを整え,女性では膝を紐で縛って自殺することがある。自殺の場合,死者の表情に苦悶がないことが多く,他人と争った跡もないのが普通である。

 自殺の必要条件としては,死亡に至った行為が死亡者自身で行える可能性がなければならない。自殺の手段は,厚生省の人口動態統計(1981)によると,第1位は縊首,絞首およびその他の窒息(54.7%)で,ガス体による中毒(10.9%),入水(7.3%),固体または液体による中毒(6.8%),高所からの飛降り(6.3%)が続いている。

 縊首はいわゆる〈首つり〉であり,これによって死亡した場合を

福井 有公
図-性・年齢階級・年次別自殺死亡率(日本・人口10万対)
図-性・年齢階級・年次別自殺死亡率(日本・人口10万対)