平凡社 世界大百科事典

硫酸

化学式H2SO4。硫黄のオキソ酸の一つ。化学工業および関連産業における基本素材の一つとして広範な需要をもつ。硫酸の生産量,消費量,消費形態は,その国の化学工業の水準や体質を表すとされている。硫酸の製造は古く錬金術で見いだされていた。無機鉱酸の一つである硫酸は種々の金属やその化合物を溶解する力がきわめて大きく,金を他の金属から分離するのに用いられたためである。すでに8世紀にはアラビアの錬金術師ジャービル・ブン・ハイヤーンがミョウバンあるいは緑バンを乾留してつくったという記録が残っている。15世紀ころには硫黄を燃焼させて得られる二酸化硫黄SO2を硝石KNO3によって三酸化硫黄SO3とし,これを水に溶かして硫酸を得ていたといわれる。この方法は現在の硝酸法の原理と変りないが,釣鐘形のガラス器を用いて生産されていた。硫酸が大規模に工業生産されるようになったのは18世紀に入ってからである。1746年にイギリスのバーミンガムに鉛室式による工場が設立された。18~19世紀には硫酸はガラスの原料である炭酸ナトリウムを合成するルブラン法ソーダ工業の主原料としての需要が大きかった。その後,硫酸を使わないソーダ工業の発達によって使用量は一時減少したが,硫安や過リン酸石灰などの肥料,人絹,石油工業などへの用途が開かれた。20世紀になると空中窒素の固定によってアンモニアおよび硝酸が製造されるようになり,硫酸の需要は減少をみるが,新たに繊維,医薬,農業,顔料,金属,石油化学工業などでの需要の増加により今日の大規模な硫酸工業に至っている。

性質

純粋な硫酸は無色の粘り気のある液体。融点10.36℃,比重1.83(18℃)。熱すると290℃でSO3を発生して分解しはじめる。濃硫酸はJIS規格によって95.0%以上と規定されているが,市販のものは96%,比重1.84,濃度35.9規定のものがふつうである。

 濃硫酸は水の蒸気圧がきわめて低く,また吸湿性を示すため,乾燥剤,脱水剤として用いられる。化学の実験室ではデシケーター中に置いて各種水溶液の濃縮あるいは化学物質の乾燥などによく用いられる。乾燥剤としての濃硫酸は水の吸収容量の大きいことが特色である。水とは任意の割合で混合する。水和熱が大きいので(-⊿H=8.8kcal/mol)濃硫酸を水に溶解して希硫酸とする場合は硫酸はごく少量ずつよくかくはん(攪拌)しながら加えていかないと,水溶液が部分的に過熱状態となって突沸するので危険である。水溶液の比重を表1に示す。水溶液の凝固点は比重1.20の硫酸で-28℃,1.40のもので-37℃である。いわゆる純粋な硫酸といわれるものは正確には多くの化学種の平衡混合物であり,次の平衡があると考えられる。

 2H2SO4⇄H2S2O7+H2O

 H2SO4+H2O⇄H3O⁺+HSO4

 H2SO4+H2S2O7⇄H3SO4⁺+HS2O7

 2H2SO4⇄H3SO4⁺+HSO4

最後の式に示す自己解離の平衡は大きく左に偏っている。濃硫酸に三酸化硫黄を溶かし込んだものは発煙硫酸と呼ばれ,当モルの混合物とした場合の主成分は二硫酸H2S2O7である。硫酸は強い二塩基酸であり希硫酸(希水溶液)中では第1段の解離はほとんど完全であり第2段の解離定数はK2=2×10⁻2(18℃)である。

 H2SO4⇄H⁺+HSO4

 HSO4⁻⇄H⁺+SO42

希硫酸と金属との反応は一般にイオン化系列の水素よりも上位のものは水素を発生して溶解し硫酸塩を生ずる。熱濃硫酸の場合はH2SO4─→SO3+H2Oに解離し,このSO3による酸化力があるので銅や水銀などイオン化系列で水素より下位のものであっても二酸化硫黄SO2を発生して溶解し硫酸塩とする。ただし,金および白金族元素は反応しない。鉄は希硫酸には溶けるが濃硫酸ではその酸化力によって表面に酸化膜の不動態がつくられ,かえって侵されない。このため濃硫酸の輸送には鉄製の容器を用いる。一般に,金属の酸化物,水酸化物,炭酸塩は硫酸に溶解し硫酸塩となる。また,塩化物,硝酸塩も過剰の硫酸と加熱すると,それぞれHCl,NO2を発生して分解し硫酸塩に変化する。硫酸イオンSO42⁻,硫酸水素イオンHSO4⁻を含む塩には,硫酸塩M2SO4,MSO4,硫酸水素塩MHSO4をはじめタットン塩M2M(SO42・6H2Oやミョウバン類MM(SO42・12H2Oなど多くの複塩が知られている。KAl(SO42・12H2Oは単にミョウバンと呼ばれることがあり,焼ミョウバンはこれを脱水したもので,KAl(SO42の組成をもつ。硫酸塩は一般に安定な結晶であって結晶水をもつものが多い。バリウム塩,ストロンチウム塩,鉛(Ⅱ)塩,カルシウム塩が水に難溶であるほかは可溶性である。硫酸塩泉に含まれるのはCaSO4,Na2SO4,MgSO4である。硫酸イオンSO42⁻は正四面体形でありS-Oは1.50Å。硫酸は多くの有機物と反応してスルホン化,脱水,エステル化などを行う。希硫酸で紙などに字を書いて熱すると,その部分の硫酸濃度が高くなり脱水作用で紙を炭化し黒変する。希硫酸は強酸なので取扱いに注意を要し,濃硫酸は強い脱水作用があるので,皮膚や衣服についた場合は多量の水で十分にすすぐ。

漆山 秋雄

工業的製法

製造プロセスは前述のように〈原料→SO2→SO3→H2SO4〉である。すなわち,(1)二酸化硫黄の製造,(2)二酸化硫黄の酸化,(3)三酸化硫黄から硫酸液の製造,の3過程に分けられ,このうち(2)が中核をなす。酸化方式には硝酸法と接触式とがあるが,前者は鉛室式および塔式・半塔式に,後者はバナジウム系触媒を用いる方法およびそれ以外の触媒を用いる方法に分けられる。鉛室式,塔式,接触式でつくられる各硫酸を,それぞれ鉛室硫酸,塔式硫酸,接触硫酸と呼ぶ。硫酸の工業生産は1746年イギリスのローバックJ.Roebackにより鉛室が開発されたのが始まりである。19世紀中ごろゲイ・リュサック塔,グラバー塔が発明され,鉛室式硫酸製造工程が確立した。日本では1872年にイギリス人により大阪造幣寮で小規模の鉛室が建造された。一方,接触式は時期的には新しく,最初は白金触媒が試験されたが(1831),後に五酸化バナジウム触媒が開発され(ドイツ,1924),実用的なため唯一の硫酸触媒となっている。日本では,1933年ころバナジウム触媒が輸入された。接触式では高濃度・高純度硫酸液が得られるため,採用する工場が多くなり,日本でも硝酸法プラントはごくわずかになった。日本における硫酸の生産量は約700万tであるが,肥料工場が激減しており,金属製錬所が増加している。これは,原料形態の変転を物語るものである。

(1)原料 明治期には単体硫黄,硫黄鉱であったが,その後は硫化鉄鉱の主流時代が長く続いた。しかし近年は表2に示すように金属製錬排ガスからのSO2利用が1位に置き換わった。銅,鉛,亜鉛,ニッケル等の硫化鉱物がこれらの金属の原料であり,乾式製錬時に分解発生するSO2ガスを硫酸原料に振り向ける。また単体硫黄も増加している。そのほか排煙脱硫ガスを硫酸原料とする方式もある。

(2)反応と工程 (a)硝酸法は要約すると次の反応で表される。

 SO2+NO+NO2+H2O─→H2SO4+2NO

反応の途中にニトロシル硫酸NOHSO4(硫酸水素ニトロシルHSO4・NO)が生成し,これが次式のように分解する。

 NOHSO4+H2O─→HNO2+H2SO4

鉛室式はグラバー塔(酸化窒素ガスを放出する装置)とゲイ・リュサック塔(酸化窒素ガスを吸収する装置)との間に数個の鉛室(鉛張りの部屋)を置く。鉛室の上から水を降らせて下部に鉛室硫酸を得る。塔式は鉛室を設けずに数基の塔のみから成る。

(b)接触式は次の反応による。

 SO2+1/2O2─→SO3

触媒はV2O5・K2SO4混合物(K2SO4は助触媒)をケイ藻土担体にしみ込ませた粒状製品である。耐久性大,被毒作用小で,転化率が95%以上を示す。反応機構の要点は次式のようである。

 2V5⁺+SO2+O2⁻⇄2V4⁺+SO3

 2V4⁺+1/2O2─→2V5⁺+O2

反応は400~500℃で進行する。実際の操業温度では触媒は融液状で作用すると説明されている。1段接触式を改良したものに2段接触式があり,転化率がさらに上昇する。

用途

硫酸の化学作用を利用した広範な用途がある。酸分解反応は硫酸塩製造用,スルホン化反応用,置換分解反応用などに用いられる。そのほか,酸化剤,脱水剤,乾燥剤,精製用,洗浄用など,それぞれの目的に対応した多くの分野での用途がある。日本における1980年の硫酸消費全量は673万5842t(100%H2SO4)で,その品種別の消費量は,肥料用32.6%,無機薬品24.4%,繊維工業11.7%がおもなもので,そのほか紙・パルプ,有機薬品工業,製錬用などとされる(1995年の内需は656万tで,内訳は化学肥料を除く化学工業34.0%,化学肥料17.5%,化学繊維9.0%,金属7.8%などである)。

金澤 孝文
表1-硫酸の比重
表1-硫酸の比重
表2-業種別硫酸生産量(100%H2SO4,単位=1000t)
表2-業種別硫酸生産量(100%H2SO4,単位=1000t)