平凡社 世界大百科事典

界面活性剤

気体,液体,固体の界面に存在して,その界面エネルギーを大きく変化させ,その結果,界面の物性に大きな変化をもたらす物質の総称。一般に濃度の低い溶液では溶質は単分子の状態で溶解するが,濃度が大きくなると,溶質分子は会合した状態となって存在することがある。高級脂肪酸セッケンの場合は,たとえばメチルアルコール,酢酸などと異なり,水に単分子的に溶解する量はきわめて少なく,ある溶存量以上ではミセルと呼ばれる分子が会合した状態をつくり,それとともに水溶液の表面に吸着,配位して溶液層よりも高濃度の吸着層を形成する。その結果,溶液の界面物性が著しく変化し,気-液,液-液,固-液界面で,表面張力の低下,起泡,浸透,湿潤,分散,乳化または可溶化といった特異な作用を現すようになる。この性質を利用して,古くから洗浄,染色工程等に用いられてきた。現在では界面活性剤は,医薬品,農薬,食品,工業材料,化粧品をはじめとして家庭用から産業用に広く利用されている。界面活性剤は脂肪酸セッケンのように,分子が極性基,非極性基という異なった部分からなっている。極性基は親水基であって,水に溶けたとき水中に向かって配向する。他方,非極性基は水との親和性が小さく,水面と反対側を向いて親油基となる。この性質によって水溶液の表面に正の吸着と配向が生じ,これが界面活性の原因となる。

 界面活性をもつ物質は天然にはレシチンのようなリン脂質や,ある種のタンパク質が知られているが,現在工業的に製造されている界面活性剤は従来の牛脂,ヤシ油,魚油硬化油などの動植物性油脂を原料とするセッケン,脂肪族アルコール硫酸エステル塩のほかはほとんど合成品であり,とくに現在は石油化学工業から原料を供給されるアルキルベンゼンスルホン酸塩,ポリエチレンオキシド誘導体などがおもなもので,最も多く使用される用途は洗浄剤としてである。そして界面活性剤は水を溶媒として使用され,研究開発されてきたため,通常界面活性剤というと,溶媒として水を利用するものが中心となる。しかし溶媒は必ずしも水に限定するものではなく,油溶性界面活性剤もある。

種類

界面活性剤は親水基と親油基の組合せによって構成されているが,親水基,親油基の種類はきわめて多数にのぼり,その組合せによってできる界面活性剤の種類もきわめて多い。使用する溶媒によって分類すれば,水溶性界面活性剤と油溶性界面活性剤の2種類に大別される。そのほか,化学構造別,合成法別,用途・性能別,または原料別に分類されるが,合成化学の立場では次のように分類整理をするのが一般的である。

 水溶性界面活性剤はその界面活性を示す主体である親水基の性質によりイオン界面活性剤と非イオン界面活性剤に大別される。前者はさらに親水基が陰イオンであるか陽イオンであるかにより陰イオン界面活性剤,陽イオン界面活性剤に区別され,分子内に陽イオン,陰イオン構造を同時に含むものを両性界面活性剤という。最近,高分子界面活性剤,有機金属界面活性剤,フッ素系界面活性剤,反応性界面活性剤という名称も使われてきたが,いずれも上記の分類項目に含まれるものである。

陰イオン界面活性剤

水溶液中で界面活性剤分子の界面活性を示す部分が負に帯電するもので,セッケン,アルキルベンゼンスルホン酸塩,脂肪族アルコール硫酸エステル塩がその代表的なものである。性質,性能,製品化適性,価格などの点から,ほとんどあらゆる分野で使用されており,その量も界面活性剤の大部分を占めている。セッケンは弱酸と強塩基とからつくられる結果,その水溶液がアルカリ性なので,硬水中ではカルシウムセッケンとして不溶化,沈積するが,スルホン酸塩,硫酸エステル塩等の合成界面活性剤は中性であり,アルカリ性をきらう場合や,硬水中での使用に適している。工業用用途として乳化剤,分散剤,起泡剤,可溶化剤として,また非水系の用途にも広く用いられている。

陽イオン界面活性剤

分子の界面活性を示す部分が正に帯電しているもので,いろいろのアミン誘導体が利用されている。従来のセッケンや一般の洗剤は解離して活性分子が陰イオンに帯電するのに反し,これらは逆に陽イオンとして解離するので,陽性セッケン,または逆性セッケンとも呼ばれる。陽イオン界面活性剤は親油基の物理化学的性能とともに,その正荷電イオンが負荷電の繊維およびその染料,微生物,金属などに吸着,結合するため,繊維の柔軟仕上剤,染色助剤,撥水(はつすい)剤,殺菌洗浄剤,帯電防止剤,凝集剤としての用途が多いが,その量は陰イオン界面活性剤に比べてはるかに少ない。陽イオン界面活性剤は陰イオン界面活性剤と共存すると一般に不溶性沈殿物を生じるので共用できない。

両性界面活性剤

同一分子内に陰イオン親水基と陽イオン親水基を併せもつ構造のもので,その等電点を境として,等電点以下のpH溶液では陽イオン性とし,以上の場合は陰イオン性として作用するものであるが,陽イオン,陰イオン両基の強さがほぼ等しい場合の等電点はほぼpH7であり,中性溶液では非イオン性を示す。分子内の陽イオン性の強いものは通常陽イオン性として作用し,強アルカリ性溶液中で陰イオン性の挙動を示す。陰イオン性のほうが強い場合はこの逆であり,ともに使用するうえでの制約が大きくなる。一般に両性界面活性剤溶液のpHが等電点に近づくと溶解度,表面活性が悪くなるが,ベタイン型のものはこの欠点が少ない。ベタイン型とは,1分子中に陽イオンとして第四アンモニウムイオンの構造と陰イオンとして酸の構造とをもつ分子内塩である。これらは他の型の界面活性剤と併用でき,使用pH範囲も広い。しかも陽イオン界面活性剤に比べ毒性も著しく少ない。タンパク共存下にも沈殿を生ぜず,殺菌性もよいなどの特徴もあるので,殺菌剤,帯電防止剤,繊維柔軟仕上剤,乳化剤として,特殊な用途が開発されている。しかし一般に価格が高いので,その使用量は著しく少ない。

非イオン界面活性剤

親水基としてエーテル結合,解離しない-OHなどをいくつか集めた構造をもつもので,水に溶けてもイオン性を示さないが,界面活性を呈するものである。ポリエチレンオキシド付加物,糖エステルがその代表的なものである。この型のものは界面活性剤本来の性質を利用した用途が多く,陰イオン界面活性剤に次いで使用量も多い。陰,陽イオン界面活性剤のいずれか一方あるいは両性界面活性剤と併用できるし,pHの広い範囲にわたって使用しうる。またポリエチレンオキシド付加物はエチレンオキシドの付加モル数を変えることによって,油溶性,水溶性のもの,あるいは親油性,親水性のものを自由につくることができる。また親油基を選択することにより,対象となる油に適応した乳化性のものをつくることができる。非イオン界面活性剤は,水溶液中では共存する他の電解質との相互作用が少ないことから,そのような系では有用である。とくに糖エステル系のものは食品用としても利用されている。

構造と特性

界面活性剤は前述のように,親水基,親油基という性質の異なる構造を同一分子内に局在化させる特徴をもつが,実用に供されるものはその目的,用途に応じてこれらの基を適宜組み合わせて,さまざまな構造に結合させる。界面活性剤の分子の型は,分子内に親水基と親油基を一つずつもつもの,親水基が分子末端にあるもの,中央のもの,親油基が直鎖状のもの,分岐状のもの,さらに親水基が同一分子内に二つ以上あるものなどさまざまである。また両者のバランスもきわめて親水性の強いものから,親油性のものまである。親油基は,セッケン,スルホン酸塩型や硫酸エステル塩型のものでは炭素数12~14の炭素鎖のものが表面張力の低下に大きな効果をもつとされている。また親油基が直鎖状からはずれると溶液内の分子会合(ミセル形成)が妨げられ,表面張力降下の程度も増大する。起泡剤としては直鎖状親油基で炭素鎖が長いものがよく,鎖が短く,また枝分れしたもの,親水基が多数あるものなどは,強固な凝縮膜吸着層ができにくく,湿潤作用は強いが泡立ちは少なく,むしろ消泡剤として働く。高分子電解質であるポリアクリル酸誘導体,ポリビニルピリジン誘導体等は界面活性は小さいが,それ自身溶液中でミセル状構造を形成し,このため低発泡性で,かつ分散,凝集,可溶化などの作用を示すので高分子界面活性剤として用いられている。

HLB

界面活性剤の特性を表示する手段の一つとしてHLBを用いる。これは分子中の親水基と親油基のバランスを経験的な数値で求めたもので,hydrophilic-lipophilic balanceの略号であり,親水基をもたない場合を0,親油基をもたない場合を20とし,この間の数値で表す。HLBの計算法についてはさまざまな実験式が提案されているが,多価アルコールの脂肪酸エステルの場合は次式で示される。

 HLB=20(1-S/A

Sはエステルの酸価である。構成原子団のHLBの和を分子のHLBとする方法もある。これは表2に示す親水基,親油基のHLBに寄与する値(A値,B値)を分子を構成する原子団について加算し,さらに7を加えて計算する。

 HLB=ΣA+ΣB+7

 これらのHLBは実際には非イオン活性剤ではよく実測値と一致するが,イオン活性剤や,乳化以外の現象に対しては適用しにくい点がある。またHLBは分子内の親水基の局在の度合や親油基の分岐など構造上の因子は表現できないため,すべての界面現象に適用するには無理があるが,乳化,分散,湿潤,浸透などの界面活性剤の実用上の選択の基準として広く用いられている。

用途

おもな用途は洗浄剤である。家庭用としては衣類洗濯剤,浴用洗浄剤,食器洗浄剤として広く用いられる。家庭用洗剤としては前記陰イオン界面活性剤および非イオン活性剤が主で,これに無機ビルダーのカルボキシメチルセルロース,香料が,液体製品には溶剤などが配合される。

 工業用用途として代表的なものを次にあげる。(1)繊維工業 精練・洗浄用,浸透・湿潤剤,染色助剤,柔軟防水剤,帯電防止剤,仕上剤など。(2)クリーニング業 ランドリーは水を用いる洗浄で高温,ワッシャー中で行われるため,高タイターセッケン,合成洗剤が用いられる。ドライクリーニングは溶剤による洗浄法で,陰イオン活性剤,非イオン活性剤が適宜単独または混合して使用され,消毒のために陽イオン活性剤も併せ用いる場合もある。(3)金属工業 表面洗浄,防錆(ぼうせい)加工に多く利用する。また金属機械の加工時の切削油,減摩油,圧延油,伸線油などの乳化剤,めっき浴中の分散剤などの用途がある。(4)紙・パルプ工業 パルプ蒸解の浸透剤,樹脂の分散剤,漂白助剤,乳化剤,サイジングの分散助剤など。(5)ゴム・プラスチック工業 乳化重合用乳化剤として,またラテックス配合剤,離型剤,滑剤,分散剤,帯電防止剤,粘着防止剤,防曇剤など,応用が多様である。(6)化粧品・医薬品工業 化粧品としてのクリーム,ローション,シャンプー,歯磨きを主とし,乳化剤,浸透剤,洗浄剤,殺菌剤として用いられ,今後その利用はますます増大する傾向にある。医薬品についても疎水性・親水性軟膏の乳化剤,浸透剤,錠剤の崩壊剤として用いられる。(7)食品工業 牛乳,バター,マヨネーズなどには天然の乳化剤が存在するが,マーガリン,ショートニング,菓子,パン,チョコレートなどにグリセリド配合品,糖エステル系乳化剤が用いられ,またアイスクリームの香料分散剤などの利用がある。果物,野菜の保護被膜加工用乳化剤もその例である。(8)農薬工業 殺虫剤,除草剤をはじめとする各種農薬の乳化剤,懸濁剤,安定剤として用いられ,また使用効果の面から湿潤剤,浸透剤,展着剤などの用途もある。

 そのほかにも,われわれの日常生活のほとんどすべての分野に広く利用され,重要な役割を果たしている。

内田 安三
表1-おもな界面活性剤
表1-おもな界面活性剤
表2-親水基,親油基のHLBへの寄与
表2-親水基,親油基のHLBへの寄与
表3-界面活性剤のHLBとその特性
表3-界面活性剤のHLBとその特性