池袋のピンサロの看板を描いているうちにエロ本出版社に出入りするようになり、やがて「NEW SELF」「ウイークエンド・スーパー」「写真時代」といった伝説のエロ雑誌を創刊することになる編集者・末井昭氏。彼がまだ幼い頃に体験した母親との別れは壮絶なものだった。

夫と2人の子どもを残して、母親は年下の愛人とダイナマイトを抱いて爆発心中した。木っ端みじんに散ってしまった母の思い出。故郷・岡山を後にした末井氏は、アラーキーこと写真家の荒木経惟と組んで、エロ雑誌を次々とヒットさせる。そんな末井氏の青春時代を、柄本佑主演で映画化したのが冨永昌敬監督の『素敵なダイナマイトスキャンダル』だ。

 夜、幼い頃の末井がふと目を覚ますと、母・富子(尾野真千子)が黙って枕元に立っていた。末井が母の姿を見たのは、それが最期だった。
山奥でドーンッという爆発音が響き、翌朝になって富子、富子と不倫関係にあった隣家の息子(若葉竜也)のバラバラ死体が発見された。末井が前の晩に逢った母は幽霊だったのか、それとも息子の寝顔を見納めする最期の姿だったのか。いずれにしろ、ここまで母親に派手に死なれると、狭い山村では暮らしにくい。工業高校を卒業した末井(柄本佑)は職を求め、大阪、そして東京へと向かう。工場での仕事は性に合わなかったが、デザインの勉強を積んだ末井は、キャバレーのポスターを作るデザイン事務所勤務を経て、ピンサロの手描き看板に情熱を注ぐようになる。

 時代は1970年代。
学歴の有無は問われなかった。むしろ学生運動の名残で、権威的なものは否定される時代だった。ピンサロのエロ看板づくりに面白さを見出した末井は、仲間に誘われてエロ本のイラストも描くようになる。家計が厳しいときは、下宿先で知り合った妻・牧子(前田敦子)も働いて支えてくれた。生活は不安定で、夫婦が食べていくだけのビンボー暮らしだった。でも、エロとアングラと出版業界とがまだ未分化だったカオティックな世界で働くことが、末井は無性に楽しかった。


 イラストレーターとしての仕事だけでなく、いつの間にかエロ本の編集も手掛けるようになった末井は、一流雑誌の編集者のように常識に縛られることがない。新しい読者サービス「電話DEデイト」と称して、編集部でテレフォンセックスを始める。読者からの電話を取った女性スタッフは「私、もうこんなに濡れちゃったぁ」と人差し指と親指にセロテープを付けて、ピチャピチャと音を立てる。エロ雑誌を広げれば、男たちの願望を叶えてくれるヤリマン女たちが股を開いて待っている。そんな幻想が生きていた時代だった。『アトムの足音が聞こえる』(11)や『マンガからはみだした男 赤塚不二夫』(16)など、60~70年代カルチャーを題材にしたドキュメンタリー映画も撮っている冨永監督らしく、ここらへんの細かいディテールの再現ぶりが実にいい感じだ。


 グラビアを飾るヌードモデルを調達するのも、編集者である末井の仕事だった。うまくモデルが見つからない場合は、斡旋業者の真鍋のオッちゃん(島本慶)に頼めば、怪しいポラロイド写真を広げて見せてくれる。ポラロイド写真の中に気に入った女性がいれば、すぐに呼び出してくれるわけだが、どれもピンボケで心霊写真のよう。それでも締め切りが迫っているので、速攻で撮影に取り掛からなくてはいけない。エロ雑誌黎明期の女性モデルは、恐ろしく玉石混淆だった。

 おかしな人間が多いエロ雑誌業界の中でも、ひときわ大きな出会いとなったのが写真家のアラーキーだった。
81年に創刊された人気雑誌「写真時代」は、アラーキーのために用意された自由な表現の場だった。当初は「アラーキズム」という雑誌タイトルが考えられていたらしい。そんなアラーキーをモデルにした写真家・荒木さんを演じているのは、ジャズ奏者の菊地成孔。「芸術、芸術、はい脱いで」と素人の女の子をその気にさせて、瞬く間にヌードにしてしまう。冨永監督に頼み込まれて俳優業に初挑戦した菊地だが、プロの俳優とはひと味違う表現者としての異能ぶりを醸し出している。

 警視庁の諸橋係長(松重豊)から猥褻文書販売の疑いで度々呼び出しを喰らい、その度にペコペコと頭を下げる末井だったが、エロ雑誌業界のヒットメーカーとして活躍するようになる。
妻・牧子の待つ自宅には戻ることが少なくなり、代わりに新人編集者の笛子(三浦透子)とホテルで過ごす日が多くなる。過激さが売りだった末井が生み出したエロ雑誌は、警察によって発禁処分に追い込まれ、また新しい雑誌名になって生まれ変わった。一方、末井の愛人となった笛子は次第に情緒不安定となり、やがて自殺騒ぎを起こすことになる。母・富子の衝撃死から始まった本作は、エロスとタナトスが交互に点滅を繰り返すネオンライトのような物語として紡がれていく。

 発行部数30万部を記録するなど、一世を風靡した「写真時代」が廃刊となり、末井が新雑誌「パチンコ必勝ガイド」を創刊し、みずから女装姿で宣伝に努めるところで映画はエンディングを迎える。30歳で亡くなった母・富子の年齢は、もうずいぶんと過ぎていた。当然だが、映画が終わっても末井氏の人生はその後も続く。ギャンブル癖に加え、バブル期には3億円という莫大な個人借金を抱えるはめに陥る。文芸評論家と結婚していた写真家・神蔵美子さんとはダブル不倫関係となり、福岡の中洲にあったクラブ「シオンの娘」を経営する千石イエスこと千石剛賢のもとに通うようになる。煩悩の数だけ、新しい雑誌や本が次々と誕生した。末井氏の半生は、そのまま雑誌カルチャーの青春時代とぴたりと重なり合う。
(文=長野辰次)

『素敵なダイナマイトスキャンダル』
原作/末井昭 監督・脚本/冨永昌敬
音楽/菊地成孔、小田朋美 主題歌/尾野真千子と末井昭「山の音」
出演/柄本佑、前田敦子、三浦透子、峯田和伸、松重豊、村上淳、尾野真千子、中島歩、落合モトキ、木嶋のりこ、瑞乃サリー、政岡泰志、菊地成孔、島本慶、若葉竜也、嶋田久作
配給/東京テアトル R15+ 3月17日(土)よりテアトル新宿、池袋シネマ・ロサほか全国公開
(c)2018「素敵なダイナマイトスキャンダル」製作委員会
http://dynamitemovie.jp

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