3月も中旬とはいえ、まだまだ寒い日が続いている。帰宅後の楽しみといえば、熱いお風呂にゆっくり入ること。
子どもの頃は、たまに近所の銭湯に行ったりしたものだけど、壁にはたいてい、富士山の絵が描かれていた。現代では「銭湯画」を観たことがないという若者や子どもたちも増えているのかも……? と、そんなことを考えてしまったのは、大阪在住のアーティスト、通称ゴンゴンこと、権田直博さんがはじめた、人ん家の風呂場に富士山を描くその名も「風呂ンティア」というアートプロジェクトを知ったことから。

リアルなタッチでブルーの富士山が描かれ、そのあまりの美しさと、小さな自宅の風呂場に雄大な富士山……というギャップがなんともおもしろく、眺めていると驚きと笑い、そして感動がこみあげてくる。この絶景をひとり占めしつつ、お風呂に浸かれるなんてとっても贅沢! うちは賃貸なので、持ち家がある人に限られるのが残念なところ……。権田さんに「風呂ンティア」をはじめたきっかけなどうかがってみたところ、

「知り合いのカメラマンさんと『人の家のお風呂に富士山描いたらおもしろそう』と話してて、その人の家の風呂場に描かせてもらったのがきっかけです。カメラマンさんが撮影で家をあけている間、キャットシッターかねて制作しました。
そこから、また別の知り合いが依頼してくれたり、口コミで広がっていきました。
画材は水性ペンキ。ペンキで描くのは初めてでしたが、やってみると結構絵の具と一緒なんだなと。混ざるし。ペンキでグラデーションがつくれるとは思ってなかったですね」

これまでに、6軒の家に描かれたんですよね。どれくらいの日数をかけるんですか?
「1面で、シンプルな絵だったら4日間、3泊4日くらい。
お風呂の壁、ぐるっと4面描いたときがいちばん長くて、8泊しました。描くときはみんなの家に泊まるのが基本。外国人がホームスティしに来たと思ってくれたらいいです(笑)」

わー、寝食を共にしながら、住み込みで制作するんですか。それは、相手との信頼関係が大切になりそう……。依頼者とは家族も同然になりそうですね。
「そうですね。
一緒に生活し、一緒にごはんを食べて、一緒に銭湯へ行くので(制作中はお風呂が使えないため)。この『風呂ンティア』をやることで、みんなと仲良くなれました。あと、一番良かったのは、僕はグータラなので朝から晩まで絵を描けるというのが嬉しい」

権田さんの試みはあくまでもアートなので、誰のどんな依頼でも受けるというものではなさそうですが、今後、この記事を読んだ人から「ぜひ、我が家のお風呂にも!」というオーダーが殺到したらどうします?(笑)
「まずは、話します。実際会ってどんな人かを知ってから。はじめは『面白いことをしたいな』というだけだったんですけど、これからも描いていきたいです。数を描けば、なにか見えてくるんじゃないかと思ってます」
(野崎泉)