45年前に曾祖母がヨーロッパ各地で撮影した場所と、同じ場所で美大生が撮影した写真が東京藝術大学の修了制作展で展示されて話題となった。撮影したのは、東京藝術大学 美術研究科の五味由梨さん。
初めは、きっかけや、撮影時のエピソードについてお話を伺っていたのだが、途中で、写真には意外な秘密があることが判明したのだった…。

――五味さんが、45年前の曾祖母の写真に映っている場所と同じところを訪れたようと思ったきっかけは?
「母から『古い写真の束が出てきた』と言われたので見てみると、45年前に大学の同級生たちとヨーロッパを旅行した曾祖母の記念写真だったんです。当時64歳で、普段着の着物姿でした。曾祖母は創立された女子大の一期生として入学し、英語も習ったそうで、興味深くヨーロッパを眺めていたと思います。今ならデジタルカメラで色んなものをたくさん撮影できますが、当時は写真がフィルムだったこともあってたくさん撮影することはできず、ニケやエッフェル塔などの観光地で撮った写真が多いですね」

ちょうどその頃、五味さんは、大学の交換留学でロンドンに行くことになっていたこともあり…
「曾祖母の記憶はほとんど残っていませんが、現存している建物の前に立っている曾祖母の写真を見ると、彼女の存在にリアリティーを感じられることが不思議でした。「観光地での集合写真」には時代や国を越えた普遍的な行動や感情といったものが隠れているのではないかと思って、留学中に撮りに行くことにしました」

五味さんは曾祖母の写真をたよりに、ロンドン、パリ、ヴェルサイユ、シャモニー=モン=ブラン、ピサ、(フローレンス)フィレンツェ、ローマ、フランクフルトに行き、その45年前に曾祖母が撮った18ヶ所で三脚を立ててセルフポートレイトを撮影することに。
それも、デジタルカメラではなく、曾祖母の時代と同じようにフィルムでの撮影を決行。

ところが…

●映るはずのない人物が写っていた!

本格的に撮り始める前の段階で、パリで留学していた友達と試しに撮ってみた時のこと。現像した写真には、五味さんと友達以外に全く知らない人が、隣りに並んで写っていたという。
――まさか、心霊写真!?
「映ってたのは、全く知らない2人の現地の人でした。しかもそのうちの1人は私達の記念写真なのに、平然とポーズを撮ってたんです。どうやら、わざと紛れ込んだみたいで(笑)」

五味さん達は写真を撮るのに夢中で、ロンドンにフィルムを持ち帰り現像するまで、全く気づかなかったという。
しかし、この“どっきり”を通じて、五味さんはあることに気づく。

「この話を教授に話したら、『建物は変わっていないかもしれないけど、人の振る舞いは変わったといえる1枚だ』と面白がってもらえて。それに、海外に行くのが自由ではなかった曾祖母の頃と違って、日本人の女性が1人でヨーロッパを旅して三脚を立てて写真を撮ることができるようになったことも再確認できる写真だという話になったんです」

そこで、近くにいた人にも声をかけて、旅行者のグループ写真のように一緒に写ってもらうことにしたそうだ。


●あの「ピサの斜塔」が、傾いてなかった!?

建物は現存しているものの、ところどころで、変化はあったという。
「ベルサイユの噴水の前で撮った時は、45年前の背景にあった森林がなくなっていたりとか、あとはピサの斜塔の傾きが戻っていたりとか」

――ピサの斜塔って傾いてないんですか!
「詳しく言うと、倒壊の恐れがあるということで、5.5°の傾きだったのを、3.99°に直したそうです」

以前ほど傾いてはいないが“斜塔”には間違いないようだ。

ここまで話を聞いただけでも、五味さんのアグレッシブさがヒシヒシと伝わってくるが、ご自身はどういう方なのか、伺ってみた。


――藝大に入ろうと思ったきっかけは何ですか?
「きっかけは、中学の時に美術の先生が文化祭のポスターを依頼してくれて、自分が作り上げるものを待っててくれる人がいるということに、やりがいを感じて。それですぐに美術の予備校に行ってデッサンを体験してみたところ、ハマってしまって、それで美術系の大学を受けようと思いました」

美術の中でもデザインの分野を選んだのは、自分が作ったもので誰かの役に立ったり、人と関わりあえることに、自分の能力が使えることができたらいいなと思ったからだという。そんな五味さんは、実は杉並区のマスコットキャラクター「なみすけ」の生みの親でもある。芸大デザイン科在学中に杉並区の母子手帳や区民に全戸配布される冊子をデザインしたり、ランドセルカバーや商品券に印刷されるなど、なみすけは大活躍。まさに、ご自身が作ったものが社会の役に立っているのだ。今年からデザイン事務所で働かれているため、五味さんが手がけるグラフィックデザインを目にする機会がますます楽しみである。


●ロンドンについて

ところで、冒頭でも触れたが、五味さんは大学院の時にロンドンに2年間留学して写真を学んでいた。そこで、ロンドンについて聞いてみた。

――五味さんから見て、ロンドンと東京で生活している人々の違いは、どこにあると思いますか?

「東京と比べると、のんびりしているように見えました。遅刻して急いで教室へ駆け込んだら、教授が『さあ一緒にコーヒーか紅茶を飲みましょう』と迎えてくれたり、土日は閉鎖される地下鉄があったり、契約や修理などにすごーく時間がかかったり。そんな生活に適応しているためか、人々がゆったりしていて、他人に気を配る余裕があるよう感じました。あるとき、地下鉄の座席に折り畳み傘を忘れたまま電車を降りてしまった乗客がいて、そのことに気づいた乗客たちが、声を掛け合って傘の持ち主のところまで、バトンのように次々と手渡しして届けるのを見てジーンとしました。
そして、ワーク・ライフ・バランスの考え方が行き届いているように見えました。家族や友人と過ごす時間を充実させるのが当たり前という感じで、女性の教員や教授も多く、家庭と両立させて働いている姿が印象的でしたね」

――そのへんは日本とは逆という感じですね。ロンドンの皆さんは、日本人のことをどう思っていると感じましたか?
「私が聞いた限り、日本人は真面目で、ものすごく働くというイメージをもっている人が多かったです。美大では、緻密な作業に強く、淡い色に対する色彩感覚が洗練されているというイメージがあるように思いました。美術に関することでは浮世絵などの古典や陶芸の技術、写真の機材、アニメや漫画・ゲームのクオリティ、日本映画などについて興味を持っている人が多かったです。留学生たちのなかで日本人の性格は、他の国の人に比べると物腰が柔らかく、幸せそうに見えるという意見もありました」

最後の「幸せそうに」見えるという一言に、なんともホッとさせられるではないか。


ひょっとすると、五味さん自身が撮影した写真と同じ場所を、45年後にお孫さんが訪れるかもしれない。その時にどんな写真が撮れるのか楽しみである。というか、その時まで筆者も長生きしないと…。(やきそばかおる)