今年の2月、「週刊少年マガジン」に掲載された、読切マンガ作品『聲の形』。聴覚障害者の少女を巡る「いじめの心理構造」を描いた作品だ。
「問題作」として各所で大反響となり、本エキサイトレビューでのショートレビューを含め、サブカルチャーメディア以外でもさまざまな話題を呼んだ。2007年の新人賞受賞時には異例の掲載見送りとなった作品は、2011年に別冊少年マガジンに掲載され、その後リメイクされた上で週刊少年マガジンへの掲載が実現した。そして掲載から半年が経った8月7日発売号から連載がスタートする。「問題作」と言われた『聲の形』が連載に至った経緯は。連載はどう展開されるのか。作者の大今良時氏と担当編集者の小見山祐紀氏に話を聞いた。



【晩ゴハンはアイス!】

───こんにちは、どうも、はじめまして! 作画の様子を収録したYoutubeで「晩ゴハンはアイス!」「サーティワンのポッピングシャワー美味しい」とテロップに書いてあったので(笑)、今日はサーティワンの詰め合わせを持ってきました。
大今 わぁ! ありがとうございます。
小見山 と、とりあえず、冷凍庫に入れておきますね。

───さて、いよいよ『聲の形』が連載作品としてスタートします。2月の読切の掲載直後の反響は強烈でした。ふだんマンガを読まなかったり、コミックス派なのに「20年ぶりにマガジンを買った!」という人がツイッター上や私の周囲にあふれていました。

大今 実家の母からも「新聞に載っててビックリしたよ!」と電話がかかってきました。私自身は、2ちゃんねるなんかで読者の反応を興味深く読んでいました。別冊少年マガジンの新人賞版よりも、今年の週マガ版『聲の形』のほうが「これは、俺のことだ」というふうに自分事として話す人が多かったような気がします。私自身は聴覚障害があるわけではないので、本人の気持ちの深いところはわからない。ネット上でいろいろな意見で議論が盛り上がるのは、「わからないこと」について、一緒に考えてくださっているような気がして、とてもうれしかったですね。

───もっとも作品で描かれた「いじめのターゲットの持ち回り」や「聞こえない相手への無視の構造」といった部分はとても生々しいリアリティがあった。
遠巻きにしている人には書けない世界観だったように思えます。
大今 母が手話通訳士をやっていたりすることもあって、身近なテーマでしたし、聴覚障害を持つ方に対する差別を目の当たりにしてきました。週マガ版で西宮硝子が合唱から外されそうになる話も、実際に見聞きしたエピソードを下敷きにしています。

【白黒つけようのない現実にマンガで立ち向かう】

───週刊少年マガジン版では、他者から受ける攻撃的な言葉やいじめの手法についての表現が少し変わった分、新人賞版よりもかえってリアリティが増したように見えました。
大今 新人賞版の方がいじめの表現は直接的かもしれません。でも、いま読み返すと、その分深みが足りないような気もします。
単純すぎるというか。障害やいじめについて、いろんなケースを見聞きしてきました。「行事への全員参加を大切にしている学校」の先生が聴覚障害の子に「歌うな」と輪から外したり、「手話を勉強している」健常者がいじめに加担するのを目の当たりにしたり……。といっても、単純に「誰が悪い」という話ではなく、日常の暮らしのなかでは、誰の心にも相反するさまざまな感情が宿ることもあるわけです。
───現実はそうカンタンではない、と。
大今 見聞きしたものがベースにはなっていますが、『聲の形』はあくまでフィクション。
この世界を自分なりにどう咀嚼して、どう表現するか。描き始めたいまも悩んでいます。白黒つけようのない現実があることは受け入れながら、それでも理想に向かって描いていくというような……。
───2010年に声優の林原めぐみさんとの対談で「(冲方丁さんは)自分で作った『マルドゥック・スクランブル』でさえ、漫画化のために、世界観をどんどん変えることが出来る。いまの私なら絶対出来ない。(中略)一度作ったものを変えたりなんてしたくない、って思っちゃいます」とありました。
実際、新人賞版から週マガ版へ、セルフリメイクをされて、いかがでしたか。
大今 苦しかったですね。当時の私としてはこれ以上ないと思って描いた角度や表情を変えるわけですから。でも、自分でやりたいと言ったことなので楽しくもありました。マガジンの会議には連載案として第1話〜3話を提出したので、読み切り形式に変更するのにまた苦しみましたが(笑)。ただ、『マルドゥック・スクランブル』を描かせていただいたおかげで、表現の引き出しは以前より増えたと思います。

【受賞したのに載らない】

───2007年に新人賞を受賞されたときの話を聞かせてください。受賞者の中では最高の賞を受賞したにもかかわらず。『聲の形』が掲載されないと聞いたとき、どんな気持ちになりましたか。
大今 ガッカリですよね(笑)。もちろん賞金や副賞はいただいているので、「もらわないよりはいいか」とも思ったんですが、やっぱり載らないと聞かされたときはショックでした。いつか『聲の形』を連載しながら、将也や硝子や作品自身を育てていくということが、不可能になったわけですから。

───小見山さんに伺います。当時、編集部内でどんなやり取りがあったのでしょうか。
小見山 新人賞受賞の頃、僕はまだマガジン編集部にいなかったので、詳しくはわかりませんが、掲載予定だった週マガの増刊誌「マガジンSPECIAL」の責任者が、「不掲載」と判断したと聞いています。

───それから数年たって、判断が変わり、掲載に至った経緯を教えてください。
小見山 それでも僕やそして別冊少年マガジンの責任者は『聲の形』を掲載するチャンスを虎視眈々と狙っていました(笑)。その別マガが『進撃の巨人』『マルドゥック・スクランブル』のヒットで盛り上がっていた。そこで別マガ責任者が『掲載するなら今だ』と押し切った…と言っていいと思います。もともと別マガは、週マガやマガジンSPECIALではやれないことをやろうという趣旨で創刊された雑誌なので、いくぶん載せやすかったということもあります。

───週刊への掲載にはまた別の判断がはたらくわけですよね。
小見山 別マガへ載せた新人賞版の「聲の形」には驚くほどの反響がありました。しかも多くの読者が、前向きに捉えてくださっていた。大今先生にも『聲の形』で連載したいという意向がある。ならば、と『マルドゥック〜』の連載が終わったタイミングで、『聲の形』を連載案としてマガジンの会議にかけたんです。ところがその会議でも「素晴らしい作品だ! 別冊の反響を考えても載せるのが当然」という意見と、「作品のクオリティは認めるが、エンターテインメント作品ではない。不快に思う読者もいるだろうし、抗議であふれかえる可能性もある。週マガは影響力がはるかに大きい。載せるべきではない」という意見でまっぷたつに割れた。そこでいきなり連載ではなく、まず読切で掲載して読者に委ねよう。という判断になったわけです。

ふたを開けてみたら、掲載後の反響は、大好評だった。掲載からほどなくして、『聲の形』は連載に向けて動き出した。
(松浦達也)

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