個人経営の雑貨輸入商井之頭五郎(松重豊)こと通称・ゴローちゃんが行く先々で口にする食べ物とその感想をじっくり撮るこの『孤独のグルメ』。
言ってみれば、普段テレビで放送されるグルメ番組や旅番組がハレの日だとすれば、『孤独のグルメ』は日常に焦点を当てることで日々のささいな物事の微妙な違いや爆笑ではないフフッとしたおかしみみたいなものを掬いあげている。
注意して原作のマンガやドラマを観ると、実はゴローちゃんは貿易を手がける独身貴族で、若いころは女優と付き合ったりと一般的なおっさんより大分カッコいいバブリーな経歴で、愛車も外車だったりする。派手な料理や旅をメインにした番組だって作れちゃうようなキャラクターなわけですよ。それなのに、オシャレなカフェなんかには苦手意識を持っている。このギャップが端から見て華麗でハデな経歴を持っているゴローちゃんでも、ほとんどの時間はなんてことない日常というゲンジツと、それでも日常の中や、一人で気ままにご飯をきめて食べる瞬間にシアワセってのもあるというブルースな世界観が、ゴローちゃんほど日々が充実してないなりに日常の苦しめられつつも小さい喜びも知っているおっさんたちの心に刺さってくる。シアワセはフランス料理のフルコースよりも、風呂あがりのフルーツ牛乳にあったりするものだ。
■俺と、もやしと、肉のピリ辛炒め
そんな『孤独のグルメ』の再開第一回目のメニューは「もやしと肉のピリ辛炒め」。
この『孤独のグルメ』の見どころといえば、定食の食べる順番に必要以上に悩んだりや、おかずの感想を身近すぎる日常の言葉やダジャレで表現するモノローグですが、庶民の友「もやし」をどう表現するのか、そして「もやし炒め」をどうウマそう! と思わせるのか……。正直、いくらもやし炒めが旨くても想像の範疇なわけ意外性には乏しいですよ。
私にとって「もやしと肉のピリ辛炒め」というと、一人暮らしをはじめてすぐのころや週末のお昼に手っ取り早く作ることができて失敗がなく満腹になれる一品。味付けもそんなに工夫を凝らすより手軽さ重視で焼肉のタレ一発でキメたりするもの。彼女の手料理と言うよりは男の片手間料理な印象だ。学校そばの中華料理店でもボリューム自慢で格安がウリでメシをかっこむ相棒というかんじ。
食通だったり料理番組なら、「もやしのヒゲを一本ずつ丁寧に処理している……! だから雑味が無くスッキリとした味わいに……!」とか、意外な手間が意外な美味しさを生むという言葉の魔法があるが、清瀬市の駅前の手頃な食堂でもやしのヒゲを一本一本除去するワケはないし、手間暇に感動してみせるのもゴローちゃん流として邪道な印象がある。
あとは、「あまり辛くないぞ、ん? ピリがきた。ピリが後でやってくるからピリ辛」とピリ辛具合に注目する手もあるか……。
本日の夜から開始する『孤独のグルメ』では、そんな究極のド定番メニュー「もやしと肉のピリ辛炒め」をどのように表現して、自分たちを「深夜にウマそうなもんみせるんじゃないよ!」と叫ばせてくれるのか。放送前に「自分にとってもやしと肉のピリ辛炒めとはなんなのか」という深遠な問いを考えてみると、ゴローちゃんの感想にさらに深く共感できるはずだ。
おっと、観るときには手元になんてことのないおつまみがあると鑑賞後にお腹が寂しくならなくていいですよ。
(久保内信行)