「ブラタモリ」が名古屋に……それがなぜ大騒ぎになるのか
画像はNHK「ブラタモリ」公式サイトのスクリーンショット

タモリさんが名古屋に来たから何なの?


タモリさんが全国各地をぶらぶらと歩き、街の歴史や地形、暮らしぶりに迫るNHK「ブラタモリ」の名古屋編が、6月10日・17日の2週にわたって放送されることが発表されて以来、大きな騒ぎとなっています。

ネット上でも「歴史的和解」「冷戦の終結」などと面白がる声が多く上がっている一方で、タモリさんと名古屋の間に、実際に何があったのかを具体的に記憶している人は多くはありません。なぜなら、タモリさんが名古屋をネタにしていたのは1981年までのわずかな期間でしかなく、それ以降は封印されているのです。


しかも、ネタにしていたのはラジオの深夜放送がメインでしたから、36年前に深夜放送に触れられた世代、50代以上の人の記憶にしかないはずなのです。

さらに、当時を知る年代の人に話を聞くと、タモリさんは確かに名古屋を揶揄するネタをやっていたものの、特に名古屋だけをクローズアップしていたわけでなく、埼玉や関西、特定の野球チームのファン、そして外国など、地域や国境を問わず、あらゆる文化を揶揄するネタをやっていたといいます。

にもかかわらず、なぜ名古屋だけが今もタモリさんと遺恨があるかのように語られ続けているのでしょうか。


地元の新聞で「特報」扱い


ブラタモリの名古屋編の放送日が発表されると、名古屋の地元紙・中日新聞では5月20日付朝刊で、「『名古屋嫌い』誤解だがね」という特報を半面のスペースで組みました。特報にこういったやわらかい記事が掲載されることは異例で、むしろ、タモリさんが名古屋にやってきたことが、名古屋にとっては社会的な報道であると言える扱いです。

記事では「エビフリャー、ミャーミャー言葉などの名古屋弁模写で、いじられる名古屋の原型を作った因縁の持ち主」とタモリさんのことを紹介し、模写については「車のキーをじゃらじゃらさせながら店に入って、エビフリャーを注文し、外に出たとたんに高っきゃーなーと文句を言う」といったものだったと紹介されています。

また、この記事の上部にはサングラスをかけた金シャチと、エビフライの尻尾をもつ金シャチが描かれ「名古屋でブラタモリだぎゃあ」「エビフリャー食うきゃ」と書かれており、これは名古屋の人が使う名古屋弁ではなく、タモリさんが模写した名古屋弁が再現されていると思われます。


多くの名古屋っ子は、「だがや」とは言っても「だぎゃあ」とは言いませんし、そもそも「エビフリャー」はタモリさんが作り出した言葉であり、かつてエビフライは名古屋名物ですらなかったはず、なのです。

膨大な資料からタモリさんの半生を追った、愛知県出身のライター・近藤正高さんの著書『タモリと戦後ニッポン』(講談社現代新書)を紐解くと、タモリさんがネタにした当時はエビフライが名古屋名物として周知されていなかったこと、1981年の名古屋オリンピック誘致失敗を機に、タモリさんが名古屋ネタをフェードアウトしたこと、その翌年に半年間の「充電期間」を設けてイメージチェンジ、アクの強い芸風自体からの転換が行われたことが記されています。


世代を越えて語り継がれてきた遺恨


それにしても、35年以上前に封印されたネタであるタモリさんの名古屋いじりが、今もってなぜ名古屋っ子の共通認識とさえなっているかといえば、はっきりと記憶に残っていないにもかかわらず、語り継がれてきたという経緯があるのです。

当時を知る世代の名古屋の方に、タモリさんの印象についてお話を伺うと、「とにかくなんかミャーミャー言とったことはおぼえとる(60代後半・女性)」「エビフリャーエビフリャー言とったのは知っとる(60代後半・男性)」「よお名古屋のことバカにしとったわな(60代前半・男性)」とは、口をそろえて仰るものの、具体的にどんなネタをやっていたのか?と聞くと、ほとんどの人が詳しくは記憶していませんでした。

ところが、タモリさんの名古屋ネタをきっかけに何が起こったのか……は、次々と口をついて出てくるのです。「あの頃から名古屋はバカにされるようになった(50代後半・女性)」「あれをきっかけに(タモリさんの出身である)福岡の人から見下されるようになった(60代前半・男性)」「タモリがバカにしんかったら名古屋でオリンピックやっとったはずだ(70代・男性)」など、なかには八つ当たりのようなものまで。

さらに、「昔は、子どもがタモリの番組を見るたびに文句言っとったよ」という声が複数ありました。
実は、30代や40代に多く見られるのがこれなのです。名古屋のある愛知県は今も高校生の7割が県内の大学に進むため、親元を離れる人が少数派、結婚するまで同居という世帯が多く、ずっとこれを親から聞かされ続けていたのです。

そのため、タモリさんが名古屋を揶揄していた頃のネタ自体ははっきりと記憶していないのに、「名古屋をバカにしていた」印象だけが残っている世代から、タモリさんを見るたびにその印象が子ども世代に「伝承」されており、今回のブラタモリ名古屋編を受けて、「いつもはタモリを嫌う親が、ブラタモリ名古屋編を楽しみにしているから、相当なことだ」という声も多く聞かれました。


実は利用してきたし今回も利用している


かつて、エビフライは名古屋名物ですらなかったはず……「かつて」と書いたのには理由があります。それは、今では立派な名古屋名物になっているからです。巨大エビフライを出すお店が名古屋には複数ありますし、エビフライにのったキャラクターグッズが「名古屋限定」として出されていますし、お土産売場にはエビフライの人形もあります。
タモリさんが作り出した「エビフリャー=名古屋」を利用して商売しているのです。
「ブラタモリ」が名古屋に……それがなぜ大騒ぎになるのか
ジャンボエビフライを名物にしている洋食店
「ブラタモリ」が名古屋に……それがなぜ大騒ぎになるのか
大阪のメーカーがかつて製造していた名古屋限定品
「ブラタモリ」が名古屋に……それがなぜ大騒ぎになるのか
名古屋のお土産売場で見かけたエビフライのぬいぐるみ

また、名古屋の鉄板とも言えるネタが「自虐」です。昨年「行きたくない街」にダントツで選ばれたのも、ネタとして大いに名古屋は利用しました。これもタモリさんによって作り出された「いじられる名古屋」が今も息づいているといえます。

さらに、今回のブラタモリ名古屋編の放送にあわせて、名古屋市とNHK名古屋放送局が共同で、番組でタモリさんが訪れた地に放送翌日から7月2日まで「タモリさん等身大パネル」を設置。また6月25日まで限定で、名古屋城に向かうバスの1台に「ブラタモリ×名古屋」の番組告知をラッピング。
加えて、6月8日から16日までの期間中、栄の名古屋テレビ塔で日没から深夜にかけて関連ライティングを行うなど、企画が目白押しです。

名古屋市はロケ地のルートを観光の起爆剤にしようとしていますし、ブラタモリの放送日である6月10日に合わせて、当日と翌日、東京の二子玉川ライズで愛知・名古屋の観光物産展「みんなで行こみゃー!愛知・名古屋」を開催するなど、名古屋市と愛知県は、番組の放送を利用し尽そうとしています。
「ブラタモリ」が名古屋に……それがなぜ大騒ぎになるのか
NHK名古屋放送局玄関に設置された「ブラタモリ・名古屋」告知ブース

かつて、あるテレビ東京の番組で名古屋特集をした際に、このような前置きで始まったことがありました。「名古屋を特集すると視聴率が獲れないというジンクスを、今回は打ち破ります!」。業界にそのようなジンクスがあったということは、全国から見て、名古屋は嫌われているのではなく、注目されていない、関心をもたれない、そもそも興味の湧かない街、どうでもいい街だったのです。

それが、タモリさんによって「エビフリャー」「みゃーみゃー」「いじられる名古屋」というイメージを確立。
そして数十年の時を経て、タモリさんがロケに名古屋にやってくるというだけで「冷戦終結」「歴史的和解」と騒ぎになる。騒ぎを起こせる。すべてはタモリさんのおかげです。

タモリさんは名古屋にとって宿敵どころか、名古屋に対する無関心層を振り向かせることに成功した、ジョークタウン名古屋のキャラ作りをしてくれた、最大の功労者と言えるのではないでしょうか。一方で、タモリさんにとっての名古屋は、はるか何十年も前のネタのひとつでしかないのでしょうが。
(川合登志和)