奇抜な設定一本槍の作品かと思いきや、現代社会に対する鋭い洞察が詰め込まれたファンタジー。こんなに多層的な『ブライト』のような作品を作れるんだから、Netflixというのは凄まじいサービスである。

「ブライト」の圧倒的クオリティ、痛烈な風刺 Netflix凄すぎないか?

オークと人間の警官コンビが戦う、悪夢の一夜


『ブライト』の舞台は一見すると現代のロサンゼルスである。しかしそこには、人類と一緒にファンタジー世界の住人たちも同居している。所得の少ないオークやドワーフたちは治安の悪い地区でギャング組織を作り、エルフたちは全身をハイブランドで固めて隔離されたアップタウンやゲーテッドコミュニティに住む。庭に置いた小鳥の餌箱をフェアリーが荒らし、異種族たちが過密に詰め込まれた都市の壁には、互いを罵倒するグラフィティが描かれる。各種族が一触即発の緊張状態にあるのだ。

そんな街をパトロール中に、オークのギャングに銃撃されたロサンゼルス市警の警官ダリル。彼の相棒は市警初のオーク警官ニックだ。
傷を癒し復帰したダリルだが、同族のオークである銃撃犯を見逃したのではないかという疑惑から、相棒のはずのニックをいまいち信用することができない。

二人は、住宅内で魔法が使われ、多数が死んだ殺人現場への急行を命じられる。そこで発見したのは、エルフの少女ティッカと魔法のワンド(杖)だった。強力なマジックアイテムであるワンドを奪おうとした警察の上司と同僚を射殺してしまうニック。ワンドを抱えてひとまず現場から逃げる3人。だが、不可能を可能にするワンドを求め、"ダーク・ロード"の復活を狙うエルフのグループ"インファーニ"、そして各種族のギャングやFBIの魔法捜査官たちがニックらを追う。


Netflix公開作品ながら、脚本が『エージェント・ウルトラ』や『パワーレンジャー』のマックス・ランディス、そして監督がデヴィッド・エアー。さらに主演はウィル・スミスとジョエル・エドガートンと、大作映画なみの布陣で製作された『ブライト』。なんせ監督が元軍人にして業界きってのシバきあげ系であるデヴィッド・エアー(顔もめちゃくちゃ怖い)なので、ファンタジーながら描写に容赦がない。

末端の制服警官が目の当たりにする過酷な現実と、それにチームプレーで対処する様は同監督の『エンド・オブ・ウォッチ』でも描かれていた。が、「実録! ロス市警24時!!」的なムードが濃かった『エンド・オブ・ウォッチ』と比べると『ブライト』の方がよりバディものっぽい印象。「強力なマジックアイテムとエルフの少女を悪い奴から守るため、異種族の2人が力を合わせて一晩逃げ切る」というストーリーは『深夜プラス1』あたりの冒険小説の王道を思わせる。
これらの要素が2時間でぴったりと着地するのも、デヴィッド・エアー作品としては珍しい(エアー監督の作品はけっこう後味が悪いのも多いのである)。

娯楽大作の中に盛り込まれた、ギョッとするような風刺


一応『ブライト』にはちゃんとした世界観設定がある。舞台となっているのは2000年前に人類を含む9種族が共闘し、"ダーク・ロード"を封じ込めた世界であり、"インファーニ"と呼ばれる勢力はこのダーク・ロードの復活を狙っている。一方で"光の盾"と呼ばれる勢力はダーク・ロード復活を阻むために活動。タイトルにもなっている"ブライト"は魔法のワンドを使って魔法を使うことができる者のことであり、その数は多くない。そして、ワンドはブライト以外の者が手にすることはできない。


だが、『ブライト』の作中においてこれらの設定は割とどうでもいい感じの扱われ方をしている。「登場人物の動機付けを行う仕掛けで、劇中では重要だが作品の構造的には置き換えが可能なもの」を指す用語に"マクガフィン"というものがあるが、『ブライト』におけるワンドの扱われ方はまさにこのマクガフィンの外に出ていないのだ。前述のように、けっこうボリュームのある設定が背後に存在するにも関わらずである。

「魔法の杖の取り合い」というストーリーをおざなりにしてまで『ブライト』が描写したかったのはなんなのかといえば、劇中の社会そのものだろう。オークやドワーフが住むエリアは低層住宅が立ち並ぶコンプトンのような危険な地区で、社会的地位も収入も高いエルフが住むのは装甲車に守られ高層ビルが立ち並ぶ区画。

オーク初の警官であるニックは、自分と同族であるオークのギャングからは「人間におもねったオークの面汚し」「あいつは純血種じゃない」となじられ、人間の警官たちからも「オークが同僚だと犯罪者に手加減するかもしれない」「いざという時に同族を撃てない奴には背中を預けられない」と白い目を向けられる。
種族ごとに文化も住む場所も分断され、それでも巨大都市の中に詰め込まれて生活せざるを得ない。

『ブライト』は我々の社会の中の歪みや矛盾や差別を、ファンタジー的な設定を持ち込むことで浮き彫りにする。現実とは別のレイヤーで作品世界を描写することで、我々の住む現実の問題点を戯画化して見せるのだ。しかもダリルを演じるウィル・スミスは黒人だ。更に言えば、ロス市警の警官たちにはアジア系やヒスパニック系が多数含まれている。このキャスティングによって、人間たちは他の種族を差別することで人間の間での差別を乗り越えた(もしかしたらあの世界では、人間の間の差別は最初からなかったのかもしれない)ことをさらっと示してみせる。
戯画としては非常にクレバーな作りだ。

そんな社会の歪みが濃縮されたような一夜の中で、種族の差を乗り越えようとして乗り越えられない2人の警官が、生き延びるために共闘する。監督は暴力や汚物の描写に手を抜かないスパルタおじさんのデヴィッド・エアーだ。これが燃えずにいられましょうか。

極めて現代的で複雑な風刺を、娯楽大作の枠組みの中でさらりとやってのける。つくづくNetflixというのは凄まじい会社である。

【作品データ】
「ブライト」公式サイト
監督 デヴィッド・エアー
出演 ウィル・スミス ジョエル・エドガートン ノオミ・ラパス エドガー・ラミレス ほか
Netflixにて配信中

STORY
オークやエルフ、ドワーフらが人間とともに住むロサンゼルス。ロス市警の警官ダリルはオーク初の警官であるニックとともに勤務する。ある晩、大量殺人の現場で強力な魔法のワンドとエルフの少女ティッカを見つけた彼らは、ワンドをめぐりロサンゼルスを揺るがす争いに巻き込まれる
(しげる)