イチローがシアトル球団の特別アドバイザーに就任し、今シーズンは今後、出場選手登録の枠から外れて、試合に出場しないという。

プレーするイチローが見られなくなるなんて。
ファンとして、こんな辛いことはない。1994年にブレイクし、以降、ずっとスターであり続けたイチロー。その登場は、プロ野球を楽しむ上での主語が、「巨人軍」という球界の盟主から、イチローという個人へスイッチした分水嶺だったと思えてならない。

そんな風に考えるのは、ある本に「巨人ファンの最盛期は1994年」と書かれていたからだ。その本とは、『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(菊地高弘/イースト・プレス)だ。
最盛期は1994年か『巨人ファンはどこへ行ったのか?』巨人ファンからイチローファンへ、そしてどこへ
『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(菊地高弘/イースト・プレス)

プロ野球の最大派閥!?「元・巨人ファン」を探す旅


1994年。それは、若干20歳のイチローが210安打を放ってブレイクした年であり、「伝説の10.8」……長嶋茂雄が「国民的行事」と評した巨人対中日の優勝決戦戦があった年だ。
『巨人ファンはどこへ行ったのか?』では、ある元巨人関係者の考察として、このときが巨人ファン最盛期だったのではないか、と紹介している。

では、以降、失われた巨人ファンはいったいどこへ行ってしまったのか?

「菊地さんが話していた『元・巨人ファン』って、もしかしたら野球界のサイレント・マジョリティなんじゃないですか?」

ある編集者からのこんな疑問から執筆の旅が始まる。ちなみに、“菊地さん”とはこの本の著者である菊地高弘で、野球好きであれば『野球部あるある』シリーズで人気を博した野球ライターの「菊地選手」の名で覚えている人も多いかもしれない。

本書のテーマは、「元・巨人ファン」。決して、アンチ巨人ではないところがミソだ。アンチ巨人は完全に「ヘイト」の立場。
一方の元・巨人ファンは「元カレ・元カノ」のようなもの、と本書では説いている。

著者の菊地もまた、元・巨人ファンのひとり。そんな著者が、同じようにかつて一度は「巨人軍」という球界の絶対王者が好きだった人物を探しだし、「なぜ、巨人ファンをやめたのか?(=恋人と別れたのか?)」「今の巨人軍をどう思っているのか?(=元カレ・元カノのこと、気になる?)」を聞き出し、改めて「巨人軍とは?」「野球ファンとは?」を探し求めるロードムービーのような一冊だ。

ある意味で女々しくもあり、でも、その気持ちがよくわかるのは、私自身が元・巨人ファンだから。実は私も、本書のなかで、元・巨人ファンのひとり、として紹介いただいている。私が巨人ファンをやめたのは1995年。
まさにこの本の「1994年ファン最盛期」説と合致する。


巨人ファンの隠れキリシタン化!?


私自身のエピソードはこちらの東洋経済の記事でも紹介いただいている。が、それはさておき。この本には私以外にもさまざまな「元・巨人ファン」が登場する。そして、多くの恋愛同様、ファンのやめ方(別れ方)は千差万別、ということが見えてくる。

「江川問題」「球団の金満体質」「江藤智をFAで獲ったから」「KKドラフト」「強すぎて面白くない」「原監督解任」「メジャーを見るようになった」etc.

一方で興味深いのは、元・巨人ファンの実像は見えてくるのに、いまの巨人ファン、そして巨人関係者の実像が見えてこない、ということ。それは、巨人ファンに取材をしていない、ということではない。
調べても、尋ねても、巨人ファンとはかくあるべし、という実態がないのだ。

ニュース番組などでも「野球ファンが集まる店」として取りあげられる神田のベースボール居酒屋・リリーズ神田スタジアムでは、東京ドームから15分ほどの場所にもかかわらず、いつ訪ねても巨人ファンの姿を見かけることは少ないという。リリーズの高橋店長も「巨人ファンのお客さんはあまりご来店いただいていませんね…」とコメントする。

「野球大喜利のイベントをよくやるんですけど、あまり巨人ファンの方を見ないんですよね。(中略)もしかしたら、『他球団のファンから叩かれるのでは?』と、びくびく過ごしておられるのかなと……」とは、野球大喜利本『みんなのあるあるプロ野球』主宰のカネシゲタカシ氏の言葉。

著者の菊地は、これらの事情を「巨人ファンの隠れキリシタン化」と評する。
巨人と55年体制、巨人のサブカル化、中畑ロンダリング……と、一見、巨人とは(そして野球とは)関係のなさそうなワードが並ぶところが面白い。

本書では他にも、『96敗 東京ヤクルトスワローズ:それでも見える、希望の光』など、ヤクルト関連書籍の作品も多いライターの長谷川晶一氏。
文春野球ペナントレースのコミッショナーにして、『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ 涙の球団史』の著者、村瀬秀信氏。
文春野球ペナントレースの巨人担当ライターとして圧倒的な支持を集める“プロ野球死亡遊戯”こと、中溝康隆氏。
元・巨人の名ファースト、駒田徳広氏などなど、さまざまな野球関係者、他球団ファンにも話を聞き、映し鏡としての巨人軍像を照らしだしていく。

その先に、「野球ファンの減少」が叫ばれている球界再興のヒントがあるのではないか? そんな狙いも見えてくる。


今の巨人にはワクワク感がない


実はこの「元・巨人ファン」をテーマにしたイベント「元・巨人ファンミーティング」が菊地選手主宰のもと先月開催され、私もお邪魔させてもらった。

巨人ファンをやめた理由/次期監督候補は誰だ?/巨人は一度最下位になったほうが復活できるのではないか? とテーマは多岐に渡ったが、そんななかでも多くあがっていた声が「今の巨人にはワクワク感がない」というものだった。

「松井が長男、高橋由伸が次男、阿部が三男だった。その後に続く巨人選手がいないんだよなぁ」
「なぜ、ドラフトでキャッチャーを4人も取ったのか? もっと、和製大砲候補を取って欲しかった」
「でも、清宮を取ったとしても、巨人に育てられる気がしない」etc.

興味深かかったのは、誰も彼も巨人について饒舌に語ることができていたこと。やっぱりみんな、別れても好きな人、なのかもしれない。そこがまた人間味があって面白い。

でも、そうなのだ。巨人にワクワクできなくなったとき、現れたのがイチローだった。今後、イチローファンはどこへ行けばいいのか? 今、この本を読みながら、そんなことを考えている。
(オグマナオト)