『いつか家族に』の原作は中国の作家、余華による『血を売る男』という小説である。日本版も出版されている世界的ベストセラーで、本作はその舞台を朝鮮戦争終結直後の韓国に移した作品……ということになる。

「いつか家族に」御涙頂戴のホームドラマじゃありません。異常に味濃いハ・ジョンウのいい仕事

11年間育てた息子は赤の他人!? 悩める父の行方やいかに


1953年、肉体労働で身を立てるホ・サムグァンは、現場仕事の合間にポップコーンを売りにきたオンナンに一目惚れする。オンナンには金持ちの恋人ハ・ソヨンがいたが、めげないサムグァンはオンナンを口説き落とすべく奮闘。オンナンの父親も説得し、晴れて2人は結ばれる。

11年後の1964年。サムグァンとオンナンは3人の子宝にも恵まれ、相変わらず貧乏ながら幸せに暮らしていた。しかし長男イルラクは成長するに従って、オンナンの元恋人であるソヨンに似てきたという噂が立つ。実の息子と証明するためイルラクに血液検査を受けさせるサムグァンだったが、結果はまさかの「イルラクはソヨンの息子」というものだった。
手塩にかけて育てた息子が他人の子だったことを受け入れられず、自暴自棄になるサムグァン。さらにはイルラクにつらくあたるようになり、ろくに仕事にも行かなくなってしまう……。

この映画、前半は割と軽めのファミリーコメディ的な雰囲気である。1953年当時の韓国の「メシをたくさん食う男がいい男!」「手っ取り早く金を作りたいなら売血!」という、今となってはなかなかすごい常識も飛び出す。1950年代の韓国では、結婚相手として「メシをモリモリ食うか」が重視されるのである。メシ食ってると結婚できる世界、いいなあ……。
サムグァンがオンナンを口説く時のプロセス(本人を口説いてもダメと見るや即座に父親を口説き落とす方向に行く)も、現代ではほぼハラスメントだろう。そのあたり、リサーチはしっかりやったんだろうな……という感じがする。

特にすごいのが昔の売血の様子である。なんせ血を売るので健康に大きく関わる。だから医者のところに行って「今日はここまででストップ」「お前はこないだも来たからダメ」と言われたら素直に帰るべきなのだが、それでは大して金にならない。というわけで食べ物などの賄賂を持って行き、医者にこっそり渡してグイグイ血を抜いてもらうのである。
「売血をやる前には多めに水を飲んでおくといい」みたいな嘘か本当かわからない売血テクニックまで盛り込まれている。ていうか賄賂が通るんですね、売血……。

なんせサムグァンは「11年間も育ててきた長男が他人の子だった」「それが原因で村中の笑い者に」という相当キッツい状況なのだが、にも関わらず前半は妙にコメディタッチなのもなかなかすごい。サムグァンを演じるハ・ジョンウはシリアスな役もコメディっぽい演技もいける人なので、このあたりは彼の持ち味を存分に生かした形である。妻オンナンとは毎日のようにケンカし、息子(実際は赤の他人)とどう接していいかわからなくなってしまうというシャレにならない状況を、「ひで~!」とか言ってヘラヘラ見ていられる味付けにしているのはハ・ジョンウの演技力あればこそだろう。

血を売りまくって金を稼げ! ハ・ジョンウのズタボロ感を見よ


映画は後半、どんどんのっぴきならない方向へと向かう。
イルラクの本当の父であるハ・ソヨンが危篤に陥り、ソヨンの妻と祈祷師が真の息子であるイルラクの協力を求めて来たり、イルラク自身にも重大な病気が発見されたりする。で、それをなんとかできるのか、イルラクを自分の息子と認められるのか、どうなんだサムグァン……という内容になっていくわけである。

そんな状況で、貧乏なサムグァンがなんとか金をひねり出す方法として浮かび上がってくるのが、またしても売血なのである。前半では医者に賄賂を渡したり水をグビグビ飲んだりと呑気な雰囲気で描写されていた売血が、後半では文字通り自らの身を削って金を稼ぐ手段として立ち上がってくる。貧乏仲間が教えてくれた方法を思い出しながら水を飲むサムグァンの姿も痛々しい。

『いつか家族に』は、血の繋がっていない子供のために自らの血でもって金を稼ぐ父親の話である。
家族的な繋がりにも関係する「血」というものの意味合いがサムグァンの中で変わっていく物語なわけで、それで言えば『いつか家族に』という邦題はなかなかうまくつけたな……と感心する。

しかしそれにしても、前半と後半の温度差が想像以上である。後半のハ・ジョンウはシリアスな役での本領を発揮し、体調がガッタガタになりながらも血を売りまくる男の姿を全力で表現。顔なんか真っ白だし傘もないのに雨には降られるしで、もう大変である。当時の売血の様子もなかなか凄まじい。数十人の男たちが雑魚寝で転がる、お世辞にも清潔とは言えない部屋で一斉に血を抜くのだ。
そんな病室に寝転がって血を抜かれる、顔面蒼白でズタボロ、ヒゲも伸び邦題のハ・ジョンウ。そんなボロボロにならなくても……。ホームコメディっぽかった前半と比べると、温度差で風邪をひきそうである。

実はこの『いつか家族に』は、ハ・ジョンウ本人が監督と主演を担当した作品だ。ハ・ジョンウは「小説を読んで、すぐこの作品と主人公に魅了された」とコメントも出しており、実際けっこう思い入れもあったんだろうな……と納得するような演技を見せている。『いつか家族に』は、基本的には落語の人情噺というか、『一杯のかけそば』というか……という趣のハートウォーミングなホームドラマである。しかし、そこから二歩くらい飛び抜けた「なんか味が濃いなこの映画……」という印象の元になっているのは、やはりハ・ジョンウの確かな仕事ぶりの力なのだ。
(しげる)

【作品データ】
「いつか家族に」公式サイト
監督 ハ・ジョンウ
出演 ハ・ジョンウ ハ・ジウォン ナム・ダルム チョ・ジヌン ユン・ウネ ほか
12月22日よりシネマート新宿、シネマート心斎橋にてロードショー

STORY
一目惚れしたオンナンを口説き落とし結婚、3人の子宝にも恵まれたサムグァン。しかし長男イルラクが過去にオンナンが交際していた男の子供だったことが発覚。サムグァンは自暴自棄になってしまう