『おちょやん』第12週「たった一人の弟なんや」

第58回〈2月24日 (水) 放送 作:八津弘幸、演出:盆子原誠〉

朝ドラ『おちょやん』千代の生き別れた弟・ヨシヲはヤクザ者になっていた……この展開は攻めてる
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

脅迫者は、ヨシヲ

生き別れになっていた千代(杉咲花)と弟のヨシヲ(倉悠貴)が十数年ぶりに再会。喜びを噛みしめたのもつかの間、ヨシヲはヤクザ者の一員で、鶴亀家族劇の公演を中止にするよう脅迫していた張本人だった。物語は従来の明るくさわやかな朝ドラのイメージから大きく離れて、映画『ヤクザと家族』のようなムードをまといはじめ、なかなかスリリングである。


【前話レビュー】初めての接吻と生き別れた弟との再会に激しく心揺れる千代

興行にまつわる物語を書いてヤクザが登場する朝ドラは『つばさ』(2009年度前期)以来。多部未華子演じる主人公の父(中村梅雀)が実は……という展開は衝撃的だった。『おちょやん』と同時代の、吉本興業をモデルにした女性興行師の活躍を描いた『わろてんか』(2017年度後期)は、興行にまつわる対立を描いたものの、ヤクザの存在はすこしぼかしていた。

ヨシヲのように入れ墨をして、はっきりとヤクザ者の世界に身をおいていると言い切るのはなかなか攻めている。視聴者層をどこに設定しているのかいささか疑問も感じるが、こういう劇薬的な朝ドラがたまにはあってもいいとは思う。ただ、それなりに、朝ドラ時間に気を使っているのか、片肌脱いではっきり入れ墨を見せることはしていない。


「いまの仲間以外、誰も俺を助けてくれなかった」

ヨシヲは、父・テルヲ(トータス松本)に売られそうになって逃げて、神戸の不動産会社に勤めるようになった。だがその商売は隠れ蓑であり、そこはヤクザ者たちの集団であった。彼らは鶴亀興業を潰して興行権を奪うため、まず家庭劇を標的にした。

「やっぱり最後は血の繋がった姉弟やな」と言いながら、本心は、家族の縁など信じていないヨシヲ。ボヤ騒ぎ(祝言の日)にすれ違ったとき、千代は自分に気づいていなかったと責める。

引き合いに出した映画『ヤクザと家族』では、社会の枠組から否応無しに外れてしまった人たちが、血縁とは関係ないところで連帯し協同して生きている。そのひとつのシステムが暴力団であったが、年々、反社の取り締まりが厳しくなって、受け皿がなくなっていることを問いかける作品だ(参照:『ヤクザと家族』レビュー)


『おちょやん』のヨシヲも、親に頼れず、姉もいなくなって、どうしようもないときに助けてもらって経済的に心配しないで済むようになったという、やむやまれぬ事情がある。それを責めることができず、千代は苦しむ。彼女だって、そうなっていたかもしれないのだ。千代はたまたま、岡安や、鶴亀興業と出会って、穏やかな生活を獲得できたに過ぎない。社会にはいろいろな境遇の人がいて、皆がそれぞれ生きていくためにどうしたらいいか、考えさせられるドラマなのである。

「俺は女捨てたりせえへん。
捨てられ専門や」

ヨシヲがあやしいと感づいたのは、一平(成田凌)だった。不意に殴りかかられたとき、シャツの襟元からのぞく入れ墨に気づいていたとは、なんという動体視力の良さ。文系かと思ったら、運動神経もいいようだ。

しかも、やっぱり頭がいい。注意しても聞く耳を持たない千代の前で、ヨシヲに水をかけ、濡れたシャツから入れ墨を透かせて見せる。ヨシヲのあとまでつけて、あやしい人たちとの付き合いも確認していた一平。
刑事か。

朝ドラ『おちょやん』千代の生き別れた弟・ヨシヲはヤクザ者になっていた……この展開は攻めてる
写真提供/NHK


朝ドラ『おちょやん』千代の生き別れた弟・ヨシヲはヤクザ者になっていた……この展開は攻めてる
写真提供/NHK

そんな一平。脅迫の犯人がわかる前、誰の仕業か千代と話していて、一平に捨てられて恨んだ女がやった説を唱えられたとき、「俺は女捨てたりせえへん。捨てられ専門や」と返すところに注目したい。

『おちょやん』のモデル・浪花千栄子は、一平のモデル渋谷天外が浮気をして離婚している。その未来を暗示するように、『おちょやん』では捨てられる女性のエピソードを何度も書いている。
直近では高峰ルリ子(明日海りお)。演技の師匠の山村千鳥(若村麻由美)も夫に愛人ができたから離婚している。

千代も父に捨てられている。まあ、千代が「うちが捨てたんや」と啖呵きった場面があったことからも、捨てられたのか捨てたのか、それは主観によるもので、浪花千栄子も捨てられたのではなく自分から見限ったと解釈もできるだろう。では『おちょやん』はどうなるか。もしかしたら別れない世界線が描かれる可能性も考えられる。


『おちょやん』は、テルヲをのぞけば、いまのところ、登場してくる男性が皆、やさしい。宗助(名倉潤)福助(井上拓哉)も皆穏やかだ。悪者はセリフでしか語られない顔の出ない男たちだけ。傍若無人な千之助(星田英利)すら、あれほど嫌味な人物に描かれながらも、私生活ではひとりで飲んでいるだけと語られ、芝居一筋の、女遊びに耽るようなことのない人物として描かれている。ここは注目すべき点である。

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■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■名倉潤(岡田宗助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■星田英利(須賀廼家千之助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■井上拓哉(富川福助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■倉悠貴(竹井ヨシヲ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■ドヰタイジ(桐島役)プロフィール・出演作品・ニュース
■桂吉弥(黒衣役)ニュース


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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami