長瀬智也『俺の家の話』だって会いてえもん――人間同士で本音で語らう寿一と寿三郎
イラスト/AYAMI

※本文にはネタバレがあります

もっと観ていたい『俺の家の話』9話

『俺の家の話』(TBS系 毎週金曜よる10時〜)第9話は「能かプロレスか、いよいよ決断のとき」が寿一(長瀬智也)に近づいてきた。そして、寿三郎(西田敏行)にも異変が……。

【前話レビュー】寿三郎はグループホームへ、ユカは再婚相手の子供を出産 命の循環描いた8話

2021年12月。
寿三郎が介護施設(「照る照るハウス」って朝ドラ『てるてる家族』みたい)に入り、踊介(永山絢斗)舞(江口のりこ)寿限無(桐谷健太)も家に寄り付かなくなった。たったひとりで能の稽古に励む寿一。でもさくら(戸田恵梨香)がいる。能舞台から下りる寿一に手を差し伸べるさくら。男女の役割逆転である。「山賊抱っこ」といい『俺の家の話』は表現がひねっているのが良さのひとつ。


そうこうするうち息子の秀生と暮らすことになり、寿限無も戻って来た。が、逆にさくらが出ていってしまう。互いの思いを確認して一緒に暮らしたものの、そこから進展しないことに苛立ってのことだった。

寿一の能もとい脳の容量の配分は、女性(妻)に関して2ギガしかないと憤慨するさくら。私はいつまでもファンでいると言っていたにもかかわらず、かつてユカ(平岩紙)が味わった思いに共感してしまっているさくら。

だが、ユカの新たな夫が育休をとってべったりユカをケアしていると聞くと、「無理」「2ギガでいい」と考え直す。
ここは昨今、世間で好まれる意識高い男性もどうかという問題定義になっている。さくらが否定してくれてガス抜きされた人もいるのではないだろうか。そろそろこういう意見が出てきてもいい頃だと感じる。

「俺が息子だったら出てくるよ。だって会いてえもん」

寿一はスーパー世阿弥マシーンとしてさんたまプロレスの仲間たちと、介護施設に慰問に行っている。「肝っ玉! しこったま! さんたま」という掛け声で老人たちを持ち上げるプロレスラーたち。
寿一(世阿弥マシーン)も人気者で、プロレスラーとしての充足感を得ることができる一方で、能は能で「隅田川」をやれることになる。

だが、「やらせるか、おまえなんかに」と寿三郎の亡霊が現れ、寿一を迷わせる。芸の道に進もうとすると、プロレスが横槍を入れてくる。暮れのタイトルマッチか、年始の能の「隅田川」か、悩んでいると、さくらが戻って来て、最近の寿一は笑顔がないと指摘し、「金持ちであたたかい観山家に戻してください」と懇願する。さくらにとっては、冷たい金持ちかあたたかい貧乏人しか世の中にいないが、観山だけがあたたかい金持ちだったのだ。

お金や利権が絡むと人間はいやな人になっていく。
週刊誌や情報番組で人間国宝が要介護状態で、家族が揉めていることが話題になる。情報番組で遺産相続問題が取り上げられ、「総資産6億」とあったが、寿一、踊介、舞、寿限無、さくら……で分けたら各々1億くらいにしかならない。だから人間は揉めちゃうのだ。だが6億も「ないないない」と舞たちはテレビを見ながら否定するから、もっと手取りは少ないことであろう。

分家の当主・万寿(ムロツヨシ)もやって来て、能の神様・世阿弥を名乗ってプロレスをやることを非難し、「破門」「永久追放ですよ」と迫る。踊介を擁立して「新・観山流」をはじめると提案する万寿。
結局そうやって自分が乗っ取る算段なのだ。寿三郎が介護施設に入っていると書かれた週刊誌のゴシップ記事を能の調子で謡う万寿はなかなかの芸達者だった。

また寿三郎の亡霊が現れて、寿一にさくらと「いますぐ別れなさい」と言うが、それは亡霊ではなく実物であることに寿一は気づく。「ほら徘徊だ」。

照る照るハウスの老人たちは孫と薬の話しかしなくてつまらないと不満げな寿三郎は、寿一に「隅田川」の話をする。「そこで死んだ息子の亡霊を出すべきか出さざるべきか、世阿弥と元雅の間で論争があったらしいんだ」と話し出す寿三郎。
でも世阿弥が「出すべきではない。役者の力で亡霊を客の前に浮き上がらせるのだと。それが能だと」と言ったという。

それを聞いた寿一は「俺が息子だったら出てくるよ。だって会いてえもん。出るなって言われても出るよ」と答える。「そっか。おまえだったら出てきちゃうか」と笑いながら寿三郎は畳に横たわる。

普通に会話して、その流れで息子の答えが面白くて畳に転げて笑っているのかと思いきや――。寿三郎は3度目の脳梗塞を発症していた。横たわった彼はあっという間にろれつがおかしくなっていた。ついさっきまで、真面目な顔をして「隅田川」の解釈を語っていたのに、その変わり果てた姿たるや言葉もない。この場面は、その後の家族と寿三郎の感動の別れの場面を繋ぐ場面と思いきや、実はこっちのほうが重要だろう。

宮藤官九郎の脚本と西田敏行の演技によって、芸の道に対する厳しさ、親と子の関係の柔らかさ、予測し得ない体調の変化と空気が刻々と変わる瞬間、瞬間を雪の上の足跡のように見事に刻みつけていく。何も気づかない息子に、寿三郎は、最後の力を振り絞り、何かを託そうとしている。それは能楽師として、父としての責任でもあり、能の根源的な話ができること、息子と一緒に過ごせることの喜びである。能の稽古場、そこは彼らにとっての宇宙だ。

父への本音

倒れた寿三郎のもとに家族や関係者が続々集まって来る。「ここがいい」「ここがいい」とか細い声で言い続ける寿三郎。彼が前から在宅治療を希望していたことは、踊介が聞いていた。家で家族に看取られたい=「人気者で死にたい」という解釈をする踊介。それはまんざら間違いでもない。「すげえいいじゃん観山家」と寿限無も盛り上がるが、医者にたしなめられる。

意外と手回しよく、葬儀屋までやって来る。葬儀屋は塚本高史。彼は『タイガー&ドラゴン』で長瀬と共演していた。三代目葬儀屋・鬼塚という役で、葬儀屋も家業を継いでいる設定であることが細かい。三代目 J SOUL BROTHERS的なノリかもしれないが。織田裕二もネタになっていた(織田は2001年、宮藤脚本、フジテレビ『ロケット・ボーイ』に主演)。

遺影と遺言状と決めていく。なぜか長州力とさんたまプロレスも見舞いにやってきて、「吹雪院親不孝革命居士」と戒名をつけて去っていく。でもそれ、寿一の戒名になっちゃってるよ……。

みんなで寿三郎の心拍数があがる言葉をかけていく。女性ネタだとあがる。こんなふうに最初はおもしろだったけれど、次第に皆、真顔で父への本音を語りかけはじめる。秀生の、「能をはじめたら、漢字は書けないけど、ウロウロしなくなりました」はかなり泣けるセリフだった。

長瀬智也『俺の家の話』だって会いてえもん――人間同士で本音で語らう寿一と寿三郎
最終回は3月26日、15分拡大で放送。画像は番組サイトより

ところが寿一だけ何も言えない。寿一は、この場で何か言わずとも、この家に戻ってきて、いろんな話を包み隠さずしてきた。なにより「俺が息子だったら出てくるよ。だって会いてえもん。出るなと言われても出るよ」「おまえだったら出てきちゃうか」の会話で十分だと、寿三郎は思っていることだろう。直接本音を語らないことの多い宮藤官九郎の脚本だが、こうやって作品に本音を託す、最高の親孝行――父と子が心を覆ったなにもかも脱ぎ捨てて人間同士で本音で語らう――をやっている。

長男として葬儀の手配や遺影の準備まで粛々と進めていく寿一は、どこか冷静で、舞にもっと取り乱してと言われる。その冷静さは、世阿弥の言うところの「離見の見」と重なるものがある。「離見の見」とは、自分自身を離れたところから観る目を持つこと。ついこの前までは寿三郎の亡霊の視線を感じていた寿一だったが、いまは、もうひとりの自分の視線を感じている。ここもまた、親から子へ、何かが確実に受け継がれていることの象徴のように見える。

寿一が唯一、寿三郎に言っていないことといえば、世阿弥マシーンの正体。ひた隠していた自分の正体を仲間たちに明かすのはヒーローもののクライマックスによくあるが、そんな場面も、宮藤官九郎の手にかかるとまるで違う味わいになった。

次回、最終回! 早過ぎる。この家の話をもっと観ていたい。

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※最終回第10話のレビューを更新しましたら、エキレビ!のツイッターにてお知らせします

●第10話あらすじ
“俺の家の最後の話” ―忘れないで! 家族の時間―
グループホームを抜け出し観山家にやってきた寿三郎(西田敏行)は、3度目の脳梗塞で危篤に……。多くの門弟や家族たちに囲まれ、最後の時を迎えようとしていた寿三郎の前に、いままで正体を隠してきた寿一(長瀬智也)がスーパー世阿弥マシンとして現れる。
そして「肝っ玉! しこたま! さんたま!」の掛け声で、奇跡的に寿三郎は一命を取り留める。そして寿一は新春能楽会で舞う予定の「隅田川」の稽古に励んでいた――


番組情報

TBS系
『俺の家の話』
毎週金曜よる10時〜

出演:長瀬智也(プロフィール)
戸田恵梨香(プロフィール)
永山絢斗(プロフィール) 江口のりこ(プロフィール) 井之脇海(プロフィール) 道枝駿佑(なにわ男子 / 関西ジャニーズJr.)(プロフィール) 羽村仁成(ジャニーズJr.)(プロフィール) 勝村周一朗(プロフィール) 長州力(プロフィール) 
荒川良々(プロフィール) 三宅弘城(プロフィール) 平岩紙(プロフィール) 秋山竜次(プロフィール)
桐谷健太(プロフィール)
西田敏行(プロフィール)

脚本:宮藤官九郎(プロフィール)
音楽:河野伸(プロフィール)
チーフプロデューサー:磯山晶
プロデューサー:勝野逸未 佐藤敦司
演出:金子文紀 山室大輔 福田亮介

製作:TBSスパークル TBS
(C)TBS

番組サイト:https://www.tbs.co.jp/oreie_tbs/


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami