共働きで小さな子どもがいれば、引越しの際のポイントのひとつとして「保育園」を挙げる家庭も多いのではないだろうか。待機児童などの問題はあれど、子どもにとっての “もうひとつの家”の環境には、できるだけこだわりたいもの。
「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」とは?
「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」学校法人正和学園 理事長・齋藤祐善さん(中央)、施設長・佐藤喜美子さん(左)、まち暮らし不動産 代表取締役・齊藤志野歩さん(右)(写真撮影/片山貴博)
2017年に不動産に特化した投資型クラウドファンディングのプラットフォーム「クラウドリアルティ」上で資金を募り、申込金額は1億7400万円を達成。準備期間を経て2019年2月に開園した「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」は、“日本初のクラウドファンディング保育園”として話題になった。
代々木上原から徒歩約10分。閑静な住宅街の中にあるレンガ造りの建物の1階が「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」だ。園内は、仕切りが少なく、異年齢の子どもたちがのびのびと遊ぶことができ、明るく開放的だ。
地下1階は、通常は事務所として使われているが、イベントスペースとしても活用できる設計になっている。
2・3階はシェアハウスで、現在2家族が入居中。子どもを1階の保育園に預けることができれば通園時間も大幅に短縮できる。複数の家族がともに子育てをする“大きな家族”を育むことができるのは、共働きの家庭にはメリットも大きいだろう。
「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」外観(写真撮影/片山貴博)
この保育園の大きな特徴は、施設名のように“子育てをシェアする”というメッセージだ。行事は保育園関係者だけで行うのではなく、近隣住民・親子、クラウドファンディングの出資者、この保育園のメッセージに共感してくれる人たちなどに開かれたものにしていく計画だという。多くの人と触れ合うことによって子どもには大きな刺激となるだろうし、孤独になりがちで悩むことの多い子育て世代や地域の交流の場ともなるだろう。
「ほかの保育園との一番大きな違いが、その名称のとおり、人とのつながり、生活そのものをシェアしていくという発想で運営しているところです。渋谷区はシェアリングエコノミーに対して積極的に取り組んでいる自治体のひとつ。
つながりをイメージしたサインもかわいい(写真撮影/片山貴博)
日本初のクラウドファンディング保育園クラウドファンディングではわずか10日で目標金額を達成したことからも、“子育てをシェアする”というメッセージは、多くの人に共感・支持されていることが分かる。
「保育園を開園する際、銀行から資金を借りるのが通常のルートだと思うのですが、あえてクラウドファンディングという手法を使ったのは、仲間を増やしたかったからなんです。今回の大きなチャレンジのひとつが、保育園というハードウェアの所有をシェアすること。クラウドファンディングを使って出資者から集めた資金でファンドを組成し、クラウドリアルティさんの子会社がその資金をもとに土地を購入して、我々の学校法人がその土地をお借りするという形になるので、ここは実質的には出資していただいた数百名の方々がみんなで持っている保育園なんです。
通常の保育園だと、サービス提供者=保育園とサービス受給者=保護者・児童という関係性ができてしまうことも多いですが、ここの出資者はお金のみならず気持ちもコミットしている。そういう関係性が一番欲しかったんです。今後は、出資者の方々が時折遊びにきて一緒におやつを食べたり、一緒に遊んだりする機会を積極的につくっていきたいと思います。もちろん、まだ開園したばかりで課題もたくさんあるのですが、そのきっかけづくりはできたかなと思っています」(理事長・齋藤さん)子どもがいることで、社会は素敵に、より安全になる
保護者にその日の様子が分かるように、保育園入口横には給食のメニューやその日撮影された園児の写真などが掲示されている(写真撮影/片山貴博)
子育てを社会や地域とシェアする。
「例えば、低年齢の子がバウンサーで泣いていると、上の子が近寄ってきてバウンサーを揺らしてあげたり、おもちゃを持ってきてあやしてあげたりしています。食事も、給食の先生含めて保育士・子どもみんなで食べていますので、『おいしいね』『もう少したべたら?』など自然と声をかけあいます。幼稚園の後に一時保育でくる子もいるのですが、保育園に入ってくるとみんなで『おかえり!』と声をかけたりして、本当に大きな家の家族のような感じです」(施設長・佐藤さん)
シェアハウス入口前のテラスには、保育園の園芸部の鉢植えが。
「“自分はここにいていいんだ”という安心感や所属感は、今の時代に欠けていると思うんです。特に、最近は痛ましい事故が相次いでいますよね。1990年代に学校での事件が相次いだときは、国から180cm以上のフェンスで学校のまわりを囲めという通達が出て、全国の学校・幼稚園・保育園はそのようになった。ただ、それによって地域と隔絶してしまったので、その断絶をどのように埋めるかがこの数十年のテーマだったんです。行政は、フェンスの件やお散歩などのルート改善など事件・事故を未然に防ぐための通達を出します。
もちろんそれも大切ですが、私たちは施設だけが子どもを守るということではなく、社会全体で子どもが大切だと認識して守っていくことが重要だと考えています。『つながりシェア保育園』はその最前線にいる砦。事件・事故が起こることで子どもたちを守ろうとするが故に施設に縮こまっていくのではなく、『みなさん、子どもたちと一緒に安全な地域をつくっていきましょう』と呼びかけていきたいんです。
だから、保育士には施設に閉じないようにとよく言っています。社会の中に子どもがいて、子どもがいることで社会はより素敵なものになるということをこの施設からも発信していく必要があるからです。それを徹底してやることで、地域の目も浸透してきて、子どもの安全も確保されていくと思います。このような考えの味方としてクラウドファンディングの出資者がいるということは、私たちの大きな力になっています」(理事長・齋藤さん)
シェアハウスのリビング(写真提供/まち暮らし不動産)
シェア保育園が提唱する“拡張家族”の概念は、海外に住む保護者からも支持されているようだ。
「先日、お母さんが日本人、お父さんがアメリカ人で、アメリカ在住のお子さんを一時保育でお預かりしたんです。そうしたら非常に喜んでいただいて、『アメリカに帰ったらみんなに宣伝する!』と言ってくださったんです(笑)。『つながりシェア保育園』には英語を話せる保育士もいますし、親御さんが海外の方のお子さんをお預かりすることもあります。日本だけではなくて世界ともつながっていく。これからは、もっとグローバルな関係性もつくれるといいなと思っています」(施設長・佐藤さん)
シェアハウス内観。天窓から注ぐたくさんの光と木の匂いに癒やされる明るい室内。シェアハウスに住むAさんは、1階にある保育園で働き、子どもも預けている。「通勤時間は30秒。“職住近接”ならぬ“職住直接”です(笑)。1階で保育士として働いていますから、なおさら日常の暮らしと仕事、子育てなどのすべてが、つながっているのだと実感しています」(撮影/片山貴博)
(写真提供/まち暮らし不動産)
子ども用トイレがシェアハウスの脱衣所にあるのも特徴的(撮影/片山貴博)
「今後は併設のシェアハウスの一部を民泊として貸し出し、関わる人をもっと増やしたいと思っています。海外の人でも子どもたちと関わっていただいて、子どもに刺激を与えてもらったり、そこでつながった仲間が“子育てをシェアする”という発想を各国で発信するようなきっかけづくりは、この施設の大きなミッションのひとつです。この施設がシェア、保育、子どもの未来などについて考えたいという人たちがつながるハブになりたいと思っています」(理事長・齋藤さん)
シェアハウスの間取り(画像提供/まち暮らし不動産)
民泊として貸し出す予定の部屋(撮影/片山貴博)
子育てをシェアする。「つながりシェア保育園・よよぎうえはら」のテーマが浸透すれば、もっと子育てしやすく、老若男女の笑顔があふれる社会・地域になるだろう。保育園の今後の取り組みに注目し、機会があればぜひイベントに参加して“子育てのシェア”を体感してほしい。そして、この考えが社会全体に浸透していくよう、ひとりひとりがそれぞれの地域で心がけていくのが理想だ。
●取材協力>学校法人 正和学園「つながりシェア保育園・代々木上原」
>クラウドファンディングプラットフォーム「クラウドリアルティ」
>まち暮らし不動産 元画像url http://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2019/06/165176_main.jpg 住まいに関するコラムをもっと読む SUUMOジャーナル