ディープインパクトは、ライバルのいない馬だった。

 競走馬としての現役時代、国内では13戦12勝と「無敵」を誇ったし、勝ったGI7戦は2着馬がすべて違う馬だった、という点もライバル不在を示している。



 種牡馬となってからも、2012年にリーディングサイヤーに輝くと、以後、昨年まで7年連続でその座を守り続けている。今年もリーディングを独走中で、その記録が8年連続まで伸びることはほぼ間違いない。

種牡馬ディープインパクトの後継問題。奇跡の種を持つ馬は現れる...の画像はこちら >>

在りし日のディープインパクト

 ただこちらの分野では、数字上は一見「無敵」だが、現役時代のように”ライバルがいなかった”というわけではない。

 ディープインパクトがリーディングサイヤーの座に就く前は、キングカメハメハが2010年、2011年と2年連続でその座にあった。そして、ディープインパクトにトップの座を奪われて以降も、リーディング2位の座は、キングカメハメハがずっと守り続けてきた。

 しかも、その産駒からは、ディープインパクトほどコンスタントではないものの、ロードカナロアやドゥラメンテレイデオロといった大物が出ている。


 つまり、日本の種牡馬界はここ何年か、リーディングサイヤーの頂点であり続けたディープインパクトの”1強”ではなく、キングカメハメハとの”2強”時代にあったと言える。

 しかし、この”2強”時代は突然、終わりを迎えようとしている。この夏、キングカメハメハが種牡馬を引退したのに続いて、ディープインパクトまでこの世を去ってしまったからだ。

 これにより、日本の種牡馬界は2本の柱を同時に失ったことになる。そこで、気になるのは”2強”なき種牡馬界がどうなるか、だ。

 当然、最も大きな期待がかかるのは、”2強”の血を引く後継種牡馬たちである。
この点に関して言えば、一歩リードしているのは、キングカメハメハだ。

 同馬産駒のロードカナロアが初年度から大物を送り出しているからだ。国内外のGI6勝と言っても、短距離、マイル戦での結果ゆえ、種牡馬として大成するのか、当初は一抹の不安が囁かれていた。しかし、「現役最強」の声もあるアーモンドアイ(牝4歳)を初年度産駒から出して、2年目の産駒からも大物感あふれる今年の皐月賞サートゥルナーリア(牡3歳)を出している。

 ロードカナロアは種牡馬3年目で、今年ここまでのサイヤーランキングは4位。産駒の活躍次第では今後、さらに上位も狙える。

その産駒からは距離の壁も感じられないため、幅広いジャンルでの活躍が見込まれていて、種牡馬としての人気は急上昇中である。

 種付け料は、すでに一流レベルの1500万円。これは、今年で言えば、ディープインパクトの4000万円に次ぐ金額だ。サイヤーランキング2位のハーツクライが800万円であることを考えれば、いかにロードカナロアへの期待が高く、人気があるのかもわかるだろう。

 加えて、キングカメハメハ産駒には、このロードカナロアだけでなく、ルーラーシップもサイヤーランキング5位と気を吐いている。さらには、生産界が注目するドゥラメンテの初年度産駒も来年デビューする。


“キンカメ一族”は、まさに順風満帆である。

 それに比べると”ディープ一族”のほうは、いささかお寒い。

 これまで、ディープインパクトが輩出したGI馬はダービー馬5頭を含めて38頭。なかでも代表産駒と言えば、真っ先に浮かぶのは牝馬のジェンティルドンナ。牝馬三冠(桜花賞、オークス、秋華賞)、ジャパンカップなどGI7勝という堂々たる実績だ。

 では、そのジェンティルドンナに匹敵するような強さとスケールを併せ持った牡馬はいるのか? となると、やや首を傾けざるを得ない。


 一流と言える馬は何頭かいる。けれども、いずれも帯に短し襷に長し……。父ディープインパクトとまではいかなくとも、それに近い、少なくとも一流の上をいく超一流馬がいればいいが、そうした存在も見当たらない、というのが正直なところだ。

 ディープインパクト産駒の最初のダービー馬ディープブリランテであっても、今年で種牡馬となって4年目を迎えるが、サイヤーランキングで20位以内に入ったことはない。同産駒の重賞勝ち馬も、セダブリランテス1頭しかいない。

 もしかして、”キンカメ一族”の繁栄とは裏腹に、”ディープ一族”はこのまま後継に恵まれず、先細ってしまうのではないか……そんな危惧さえ抱かせる。

 とはいえ、ディープインパクト産駒の種牡馬はまだまだ少ない。サンプル数が少ない現時点で、そうした危惧を抱くのはさすがに早計だろう。

 また、ディープインパクトの父サンデーサイレンスも、種牡馬生活の後半になってより真価を発揮。「最高傑作」となるディープインパクトにしても、自らが亡くなった2002年に生まれた子だ。

 思えば当時も、サンデーサイレンスの後継が話題になっていた。

「サンデーサイレンス産駒はいずれも劣らぬ一流馬ぞろいだが、種牡馬として、偉大なる父サンデーを超えるような存在はいるだろうか。サンデー産駒から”サンデー級”の種牡馬は出ないのではないか」

 現在の「ディープの後継問題」と同じく、そんな議論が交わされていた。だが、その矢先にディープインパクトが生まれ、やがてターフで衝撃的な走りを披露。種牡馬となってからも、サンデーサイレンスに劣らぬ活躍を見せた。

 そうして、ディープインパクトが初のリーディングサイヤーに輝くと、他のサンデーサイレンス系種牡馬も一段と威力を発揮。2015年のサイヤーランキングでは、ベスト10のうち実に8頭が、サンデーサイレンス産駒が占めるという快挙を果たした。サンデーサイレンスが死んで、13年後のことだ。

 人間社会でも、競馬界でも、やはり歴史は繰り返される――。

 今はまだ心許ないディープの後継も、この先、種牡馬の駒がそろってくれば、ディープインパクト系として真価を発揮するはずだし、その中から「これぞ、ディープの後継馬」という馬が出てくるに違いない。

 それは、今年初産駒がデビューした2013年のダービー馬キズナかもしれないし、2016年の有馬記念で当時の現役最強馬キタサンブラックを負かし、今年から種牡馬となったサトノダイヤモンドかもしれない。また、2014年のNHKマイルCの覇者で、2016年のマイルCSを制したミッキーアイルには、”キンカメ一族”のロードカナロアのような大成が期待されている。

 無論、まだデビューしていない馬の中に”大器”がいるかもしれない。今年の2歳馬を含めて、ディープインパクトには、残り4世代の産駒がいる。ひょっとしたら、それら世代のどこかに”奇跡の種”が撒かれているかもしれない。

 ディープインパクトは、サンデーサイレンス産駒6頭目のダービー馬だった。ディープ産駒のダービー馬は現在5頭。次なるダービー馬こそ、ディープ産駒の「最高傑作」となる可能性もある。

 ディープインパクト後継をめぐる争いは、まだ始まったばかり。今は優位を保つ”キンカメ一族”との争いに決着がつくのも、もう少し先のことになりそうだ。