3日目を終了し、トップと3打差までに10人がひしめく大混戦。その中には、賞金女王争いを展開する3人も含まれている。

15アンダーで単独トップに立つ森田遥を、賞金ランキング2位の申ジエが1打差で、同1位の鈴木愛と同3位の渋野日向子が2打差で追う――大王製紙エリエールレディス最終日は、申し分ない展開で幕を開けた。

 そうして、この上位陣の序列は、たちまち崩れることになる。最終組の2つ前で回る鈴木と渋野が、両者殴り合うようにして前半からスコアを伸ばし合ったからだ。

 まず先制パンチを繰り出したのは、鈴木。2番パー4で、第2打を1m強につけてバーディーを奪う。すると、すかさず3番パー3では、渋野が反撃。
およそ4mのバーディーパットをねじ込んだ。

 5番パー5では、両者ともにバーディー。いずれも、スコアを15アンダーとした。

 6番ホールに移動する途中に設置されたリーダーボードを見れば、鈴木と渋野は早くもトップタイに躍り出たことが判明した。だが、2人はその位置に停滞することなく、一気にトップ集団から抜け出していく。

 7番パー4。
鈴木がラフからの技ありショットで、ピン横40cmにつけてOKバーディーを奪えば、渋野も負けじと、約3mのバーディーパットを沈める。後続の2組もスコアを伸ばしてくる可能性は残されていたが、鈴木と渋野が一緒に回るこの組についていると、試合は、この時点で16アンダーで並んだ両者のマッチレースのような展開に映った。

“名勝負”の現場に立ち会っているという実感に襲われた。

 賞金女王争いのみならず、東京五輪の出場権をかけた世界ランキングの争いでもライバル関係にある2人がスコアを伸ばし合う――観戦冥利に尽きるドラマ仕立ての展開に、気がつけば酔いしれていた。

 前半の最後を締めくくったのは、鈴木。9番パー5で、ラフから打った第3打をカップまでわずか70cmに寄せる、足を使いながらの技巧を見せてバーディーを奪う。
通算17アンダーとし、単独首位に立った。

 サンデーバックナインに突入するや、今度は渋野が燃えた。10番パー4、11番パー5と連続バーディー。この2ホールで、一気に鈴木を逆転する。その瞬間、渋野はキャディーと目を合わせると、ニンマリ微笑んだ。それまで硬かった表情を初めて崩したのである。

 渋野のコーチ、青木翔氏が試合後、こう述べている。

「10番でバーディーを奪った時、『いけるかもしれない』と思いました。彼女らしい攻めの姿勢が、最終日の後半に入っても貫かれているように見えた」

 だが、続く12番パー3で、鈴木がバーディーを入れ返す。対する渋野は、鈴木とほぼ同じ距離からのバーディーパットを珍しくショートした。トップに立ったプレッシャーからなのか。

 いずれにしてもこの時点で、18アンダーで並んだ2人の戦いがますますヒートアップし、パット勝負になっていることを実感させられた。



 今季の女子ツアーで、両者は平均パット数(パーオンホール)のランキングでも1位(渋野)と2位(鈴木)を競う関係にある。鈴木vs渋野のバトルは、パット巧者同士の戦いでもあった。

 事件が起きたのは、15番パー4だった。第2打を1.5mにつけた鈴木が、渋野にプレッシャーをかける。だが、先に打った渋野が4~5mのバーディーパットを見事にカップイン。今度は鈴木にプレッシャーがかかった。


「ラインの真ん中に尾根があって、強いとカップを通り越してしまうし、弱いと切れる。思ったところへストロークできましたけれど……」と言う鈴木のボールは、無情にもカップの左を抜けた。

 通算19アンダーとして、単独トップに立った渋野。そこから、彼女にはツキがあった。

 16番パー3では、ティーショットを右に曲げてしまう。ボールがグリーンからこぼれた先には、難易度の高そうなガードバンカーが口を開けていた。観衆の悲鳴まじりのため息がこだましたが、ボールはバンカー手前の芝目に引っかかるように止まった。

 このホールは、渋野も、鈴木もパー。続く17番は、打ち下ろしの2オンが狙えるロングホールだ。どちらかと言えば、飛距離が出る渋野にとって、歓迎すべきホールだった。

 鈴木もそう思ったかどうか定かではないが、彼女のティーショットで乱れが生じた。鈴木にはツキがなかった。ボールはフェアウェー右脇の池に吸い込まれていった。

 絶対的優位な立場になった渋野。普通の選手ならリスクを避けて、第2打を刻んでレイアップしていたに違いない。グリーン手前には、2つの池が左右からフェアウェーを狭めるようにせり出しているからだ。だが――。

「(第2打は)ピンまで217ヤード。刻むって選択肢は、まったく考えていなかった。パー5、しかも2オンできる。5番ウッドでも(グリーンに)届く距離を刻むという選択肢は、私にはないんで」

 試合後、レイアップしなかった理由を尋ねられた渋野は、語気を強めるようにそう言った。

「2オンさせて、バーディーを取ることしか考えていなかった。そのことだけに集中していました」

 ただ、渋野が打ったボールは、左の池のほうに向かっていった。「危ない!」――誰もがそう思って、口をあんぐり開けていたが、池の水面は動かなかった。

「そんなに高い球は上がらないから、風の抵抗は受けないだろうと思って5番ウッドにしたんですが……。力んじゃって、ドッキリでしたよね(笑)」と渋野。ボールは、池の手前のラフに堪えるように止まっていた。やはりツキがある。

 渋野はパー。ボギーとした鈴木との差を、最終18番(パー4)を残して2打差に広げた。熱戦に終止符が打たれたかのように見えた。

 ところが、ティーショットを打ち終え、2人がセカンド地点に到達すると異変が起きた。突然、コース内に信じられないほどの暴風が吹き荒れたのだ。風雲急を告げるのか。

 予断を許さない状況のなか、先に打った鈴木はピン横2mにつけるナイスショットを披露。観衆を沸かせる。片や、強烈なフォロー風が吹くなか、残り134ヤードを「2番手下げてピッチングで打った」という渋野の第2打は、ピン手前6mにショートした。

 渋野のバーディーパット。打った瞬間、ギャラリーの何人かは「短い!」と呟いた。しかしその時、ボールは強烈な追い風に押されるようにしてトロトロと前進。カップまで約60cmのところに止まった。

 その後、鈴木がバーディーパットを沈めて通算18アンダーでホールアウト。観衆から万雷の拍手を受ける。

 そして、渋野。さすがに、事実上のウイニングパットは外さなかった。”名勝負”にピリオドが打たれた。

 もし17番でこの暴風に見舞われていたら、結果はどうだっただろうか。重ね重ね、渋野にツキがあったことはたしかだ。

 鈴木は試合後、「15番のバーディーパットが入らなかった。これが、すべてです」と敗戦の弁を述べた。


奇跡呼ぶ渋野日向子。鈴木愛と追いつ追われつドラマのような「名...の画像はこちら >>

「らしい」ゴルフで見事な逆転優勝を飾った渋野日向子

 鈴木との一騎討ちを制し、逆転優勝を飾った渋野はこう語った。

「これまで、自分が勝つことで、ギャラリーの方々が喜んでくれた。今日は、1年間応援してくださっていたみんなの前で、成長した1年間の集大成を見せられるようにがんばりたいと思って戦いました。最高の結果に終われてうれしい」

 コース脇でその姿を見守っていた青木コーチは、「あいつらしさが出ていた。初日からですけど」と言ったあと、声色を変えてこう続けた。

「いや、すごい試合をするな、と。相手が(鈴木)愛ちゃんだったから、こんないい戦いができたのかな、と。みなさんは賞金女王の話をしますけれど、最終戦(LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ)も、あいつらしい戦いをしてほしい。

 結果的に、先週(伊藤園レディスで)予選落ちしたことがよかったのかなと思います。僕としては『やっと(予選を)落ちた』と思いました。予選を通過して、ある程度上位に居続けたら、自分の中で反省しなくてはいけないことを、反省し切れないでいることが出てくる。

 それが、予選を落ちたことで、自分を見直す機会ができた。『ゴルフが中途半端になっているんじゃないか』『攻めるしかできないのだから、もっと思い切っていけよ』と。もちろん、(渋野に)そういう言葉は使っていませんが、そういうふうに彼女が受け取ってくれればいいな、という話をしました。まあ、(渋野が)本当に変わったかどうかは、また来週、わかると思います」

 次週は、いよいよツアー最終戦となるLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ(11月28日~12月1日/宮崎県)。渋野は、鈴木、申ジエを抜いて、賞金女王に輝くことができるか。

 4つある国内メジャー大会のひとつでもあるが、大会への抱負について問われた渋野は、そのことを認識していなかったようで、「リコーって、メジャーなんですか?」と、目を白黒させていた。鈴木と東京五輪の出場権を争う世界ランキングにも影響する重要な試合だというのに、だ。

 優勝が決まった直後こそ涙を流した渋野だが、最後は周囲の笑いを誘う、いつもの”シブコ”に戻っていた。