ヴィッセル神戸インタビュー特集(6)
DF酒井高徳

 新シーズンを迎えるにあたり、ヴィッセル神戸の酒井高徳は、大きな危機感を抱いていた。

 それは、天皇杯で優勝した瞬間から、自身に芽生えたものだという。

クラブにとっても、酒井自身にとっても、初めての”タイトル”は、予想とは違う重みを持っていた。

「当然、カップを掲げた瞬間はすごくうれしかったし、プロとして、毎日積み上げてきたものをタイトルに結実させられたこと、自分のサッカー人生にその一瞬を刻めたことは、すごくうれしかったです。『サッカーをやってきてよかったな』とも思いました。また、ここに来た時から、きっかけさえあれば、『ヴィッセルは強くなれる』と思っていたので、そのきっかけのひとつになった気もしています。

 ただ、目指すところは天皇杯優勝ではなく、”アジアナンバーワンクラブ”です。それを見据えればこそ、優勝と同時に、想像とは違う感情が生まれました。
もっとホッとするのかと思っていたのに、逆に身が引き締まるような感覚を覚えたというか……これは、タイトルを獲る喜びを知ったことで、次のタイトルが欲しくなったからだと思います。

 そのおかげで、オフシーズンの間も、昨年の戦いで感じた課題が蘇ってきて、『あの部分を突き詰めよう』『開幕まで、あと〇〇日しかない』ってことばかり考えていました。それはある意味、今までのサッカー人生で感じたことのなかったモチベーション、ワクワク感でした」

酒井高徳が優勝から抱いた危機感。「想像とは違う感情が生まれた...の画像はこちら >>

かつてないほどのモチベーションで今季に臨んでいる酒井高徳

 そうした感情は、酒井が加入した時から感じている”責任感”によるものでもある。

 本音を言えば、加入する前は、「ルーカス(・ポドルスキ)やアンドレス(・イニエスタ)が加わっても、チームが好転していかない状況を見ていただけに、『自分が入ったところで、うまくいかないだろう』と思っていた」と振り返る。だが一方で、クラブから求められ、獲得された以上、それに「自分の精一杯で応えたい」「応えなければいけない」とも考えていた。

 そのために、心がけたのはドイツ時代に培った、ピッチで”自分”をしっかり表現することだ。

言葉でも、プレーでも、自分の考えは、常にはっきりと言葉に変え、それによる衝突も厭わなかった。

「海外では、自分がはっきりと考えを主張しないと、すべて自分のせいにされてしまいます。たとえば、パスを出した選手の精度が悪くても、『高徳が走れていないから(パスが)合わなかったんだ』というように。そこで、『どう見ても、お前のパスが悪かったんだろう』と主張しなければ、ひいては監督の評価を下げることにつながり、試合に出られなくなることだってある。

 僕はそれが嫌だったので、自分の考えは常にはっきりと主張することを心がけていたのですが、そうすると、たいてい言い合いになって、衝突するんです。でも、ぶつかるから会話をするようにもなり、互いを理解するようになって、より関係性を深めることもできた。
それって、組織を作るうえですごく大事なことだと思います。

 もちろん、日本人は基本的に優しいし、組織やグループを大事に考えるのがいいところでもあると思いますが、勝負事は、勝つか、負けるかしかありません。であればこそ、ピッチ上で起きるいろんなことを曖昧にするべきではない。自分が思う『白』をはっきりと主張して、意見が違えば話し合って、自分が間違っていたなら変えればいい。

『これを言ったら、怒るかな?』『雰囲気が悪くなるかな?』と遠慮する必要はないと思います。それをドイツで学んだからこそ、ヴィッセルでも同じように、自分の考えはしっかり伝え、仮に言い返されても、ディスカッションして、仲よくなって、関係性を深めていくことを心がけてきました」

 結果的に、酒井のそうした行動は、チームにいい競争を生み、結束力につながっていく。

練習中に、激しい言い合いになることも一度や二度ではなかったが、それはどことなくチームに漂っていた”ぬるさ”や”遠慮”を払拭した。ヴィッセルの生え抜き、MF小川慶治朗の言葉がそれを物語る。

「高徳くんが加入してから、普段の練習からバチバチとやりあうのが当たり前といった空気が漂うようになり、それがいい意味でのピリッと感だとか、アラートした雰囲気に変わっていった。僕も、何度か高徳くんと練習でやりあったこともありますが(笑)、それによって、お互いの考えていることや、やりたいことが明確になるのはすごくよかったし、そういうぶつかり合いが生まれるようになったことで、チームはより結束していったところもあったように感じました」

 とはいえ、それはあくまでも昨年のこと。と同時に、そうした変化があったとしても、結果的にJ1では8位に終わった、という現実から目を背けてはいけないと、酒井は言う。

「自分たちはたった一度、天皇杯でタイトルを獲っただけ。
一歩間違えば、いつだって、去年のように(公式戦)9連敗ということが起きうるチームだということを忘れてはいけない」

 ましてや今シーズンは、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)という新たな舞台を戦うシーズンだ。すべての大会で勝ち進むことができれば、60試合もの公式戦を戦わなければいけない。そのため、総力戦になることは確実である。これまでの公式戦4試合で起用されたメンバーを見ても、それは明らかだろう。

 ならば、今シーズン目指すことは、昨年以上に「強いメンタリティを備えた、隙のない集団になること」――酒井は、かつて在籍したシュツットガルトでの1年目を思い返しながら、新たなシーズンへの決意を語る。

「シュツットガルトに移籍した1シーズン目、21、22歳の頃にチームがヨーロッパリーグ(EL)に出場したこともあり、初めて1シーズンで、40~50試合を戦ったことがあったんです。

しかも、すべての大会をフルで戦っていたら、パフォーマンスを落としてしまった。

 その経験からしても、(ヴィッセルの)今季のスケジュールを戦っていくのは、本当に大変だと思っています。じゃあ、それを乗り越えるにはどうするか、ですが、個々が自分の身体と相談しながら、コンディションを整えていくことはもちろん、何よりもメンタル的なタフさが不可欠だと思います。

 実際、チームって疲れが大きくなってくると、”なあなあ”になることが出てきてしまいます。練習メニューひとつとっても、一度”なあなあ”が許されると、チームは落ちていく一方で、歯止めがきかなくなってしまう。

 だからこそ、キツい時こそ戦わなきゃ、というメンタリティが必要というか。全員がしんどい時、辛い時こそ、それを力に変えて、パフォーマンスにつなげていく強さを発揮できるかが、一番のカギだと思います。と同時に、その状況でも”勝ち切ること”が僕自身のキーワードです」

 そうした酒井の思いが伝わったのか、今シーズン、ヴィッセルは富士ゼロックススーパーカップに始まった公式戦を、3連勝でスタートした。もちろん、内容にはまだまだ改善の余地はある。だが、酒井は結果が出ていることへの手応えを口にする。

「自分も、チームも、もっとやらなきゃいけないとは思います。でもたとえば、今年最初の公式戦のゼロックスに勝ったとか、ACLの初戦を勝てたという事実が、今はすごくチームにプラスの影響をもたらしています。

 考えてみれば、昨年の終盤のリーグ3連勝から数えると、8試合すべてに勝利しているわけで、そのなかで芽生えた”勝ち”への貪欲さとか、『これだけやれば、結果は出るんだ』という自信が、チームに染み込んでいっている感があるのもすごくいい。

 誰もサボらないで守備をしているし、誰も手を抜かないで、今のこの時期に全力を出し切って、目の前の試合に臨んでいる。それによって生まれている”勝ち”は、今後もチームをいい方向に走らせていってくれるんじゃないかと思う。

 ただ、もっと、もっと、です。このチームは、まだ何も手に入れていないし、何も成し遂げていない。だからこそ、もっとよくなろうぜ、というふうに、仲間に満足させない役割を、自分がしなければいけないとも思っています」

 あとは、そうして今、少しずつ積み上げている力を、昨年のように浮き沈みなく、年間を通した確固たる強さとして示していけるか。それが実現できた時、ヴィッセルのユニフォームの胸に刻まれし”星”は、間違いなくその数を増やしているはずだ。