三島由紀夫と金閣寺を焼いた放火犯、二人の物語。動機は原体験の後から来る

三島由紀夫と金閣寺を焼いた放火犯、二人の物語。動機は原体験の後から来る
       


『金閣を焼かなければならぬ』(河出書房新社) 著者:内海健

◆動機は原体験の後から来る
一読、巨(おお)きな一幅の絵を見た思い。システィナ礼拝堂の天井画、アダムの指先のリアルさにまがう、細部のリアルさは細密画の如く、しかし、全体が訴えるものは大きくて深い。読み終わって、魂に木霊するような静かな亢(たか)ぶりがある。

テーマは極めてはっきりしている。著者自身言われるように、二人の男の物語である。一人は、金閣寺を焼いた放火犯、僧侶になりきれなかった林養賢(はやしようけん)という男である。もう一人は、その男の行為を、稀有な文学作品『金閣寺』へと昇華させた三島由紀夫。

この二人を結ぶ仲介役は、自ら得度をはじめ、養賢と酷似した体験を持ち、養賢への限りない同苦の思いをもって、労作『金閣炎上』を書き上げた水上勉をはじめ、小林秀雄からカフカにいたる文藝世界の人々、カントを筆頭に思想家、哲学者、そしてクレッチマー以降の著者自身の専門である精神病理学の研究者たちと、驚異の多彩を極める。その上、水上もそうだったが、対象についての資料渉猟・実見努力は、目覚ましい。前半、養賢の生い立ち、家族関係、師弟関係など、また裁判記録や精神鑑定に関する記述まで、著者の筆は詳細に亘(わた)る。

しかし、そうした記述は、単に「客観的」描写ではない。時折挟まれる養賢の心の分析、あるいは、人間の知覚と感情に関する著者の透徹した立ち入りによって、読者は、恰(あたか)も養賢という人間に同調し、彼自身の魂を追体験しているようにさえ思わせられる。例えば、著者は小林秀雄の「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない」という名文句を引いて、話は逆だ、と言う。涙が先で「悲しみは涙に追いつけない」のだ。これは、単なるパロディではない。

あわせて読みたい

ALL REVIEWの記事をもっと見る

トピックス

今日の主要ニュース 国内の主要ニュース 海外の主要ニュース 芸能の主要ニュース スポーツの主要ニュース トレンドの主要ニュース おもしろの主要ニュース コラムの主要ニュース 特集・インタビューの主要ニュース

コラムニュース

コラムランキングをもっと見る

コメントランキング

コメントランキングをもっと見る
2020年10月6日のライフスタイル記事

キーワード一覧

このカテゴリーについて

生活雑貨、グルメ、DIY、生活に役立つ裏技術を紹介。

通知(Web Push)について

Web Pushは、エキサイトニュースを開いていない状態でも、事件事故などの速報ニュースや読まれている芸能トピックなど、関心の高い話題をお届けする機能です。 登録方法や通知を解除する方法はこちら。