6月15日に東京有明のTFT HALL 1000にて、今年3月4日に亡くなったTARAKOさんのお別れの会「TARAちゃんありがとうの会~たいせつなきみへ~」が執り行われた。お別れ会には『ちびまる子ちゃん』で共演した声優陣をはじめ、親交のあった関係者800人が参列。
その早すぎる別れを悼んだ。

TVアニメでは『ちびまる子ちゃん』のまる子、『みかん絵日記』のみかん、『まじかる☆タルるートくん』のタルるート、『それいけ!アンパンマン』のフランケンロボくん、日本テレビの天気予報のマスコットキャラクターであるそらジローといったキャラクターを演じていたTARAKOさんは、1990年にTVアニメ『うる星やつら』で声優デビュー。1982年に放送された『戦闘メカ ザブングル』でチル役として初レギュラー、翌年に発売されたアルバム「とっておきの時間」で歌手デビューを果たした。1990年からは『ちびまる子』ちゃんの主人公・まる子役を担当。初回放送から35年間にわたって、その個性的な声と特徴的な言い回し、親しみやすい緩急自在な演技でお茶の間を魅了し続けた。

また声優、シンガーソングライターとして以外にも映画やドラマに出演したりテレビの司会、ラジオDJ、エッセイストとしても活躍。
演劇集団WAKUを主催するなど脚本家・演出家、さらには舞台役者としても才能を発揮していた。
そんなTARAKOさんだが、今年1月に入院。病と闘いながら仕事を続けていたが、容態が急変。3月4日に63歳でその生涯を閉じることとなった。

TARAKOさんの人柄をイメージしたというオレンジ色を基調にバラ、ダリア、トルコキキョウなど5000本の花々で彩られた祭壇は『ちびまる子ちゃん』の美術監督を務める野村可南子さんがデザイン。まる子と同じピンクのリボンがあしらわれた遺影の傍らにはTARAKOさん愛用のギター、祭壇にはTARAKOさんが演じたキャラクターたちのパネルが置かれ、花畑の中で楽しくギターを奏でるTARAKOさんを、まる子たちが囲んで一緒に音楽を楽しんでいる世界が表現された。


式典では参列者を代表して弔辞を読んだのは、アニメ『ちびまる子ちゃん』の初代プロデューサーである清水賢治、アニメ『それいけ!アンパンマン』などで共演したほか舞台活動でも親交を深めた中尾隆聖、長年にわたってTARAKOさんが主催する演劇ユニット・WAKUに参加していた「news every.」のお天気キャスターとして知られる木原実、『ちびまる子ちゃん』の番組の立ち上げからナレーター役をつとめ、TARAKOさんと二本柱で番組を支えてきたキートン山田の4人。

清水は『ちびまる子ちゃんの』第1話の試写でまる子に対して「あんなにひねくれた子供はいない」と辛辣な意見が続出したといったエピソードを披露。そんなまる子を愛らしく元気に一挙手一投足を生き生きと演じたTARAKOさんの演技を讃えつつ、明るい笑顔で家族のような収録現場を作り上げ、アニメ『ちびまる子ちゃん』を日本中の家族に愛される国民的アニメにまで成長させていったTARAKOさんに感謝の言葉を述べていた。

中尾はアニメ『それいけ!アンパンマン』で自身が演じたバイキンマンと、TARAKOさんが演じたフランケンロボくんとの掛け合いが思い出されたようで、バイキンマンに愛らしく「パパ、パパ」と呼びかけるフランケンロボくんが大好きだったとのこと。そんな中尾だが、街中で子供が言った「パパ」という声を聞いて「ここにTARAちゃんがいたらなと、つくづく思いました」と語り、「私もすぐそちらに行きますんでね。そしたらまた美味しいワインを、美味しい食べ物を、お芝居の話をたくさんしたいと思います」と天国のTARAKOさんに語りかけていた。


TARAKOさんが主催する演劇ユニット・WAKUの舞台に出演していた木原は、テレビと舞台の両立が難しく稽古時間が少ない中、脚本・演出を担当したTARAKOさんが「どの作品でも素敵な役を僕に書いてくれました」と振り返りつつ、「TARAちゃんがいなかったら、僕はとっくに芝居を離れていたでしょう」と感謝の言葉を口にする。ただ公演直前に配役を入れ替えたり開演後にセリフを変更したりということもあったそうで、「やりたい放題でした」と苦笑しつつ、「そのたびに舞台が面白くなっていった。あなたは天才でした」とTARAKOさんとの舞台の思い出を懐かしんでいた。

最後にメールを交わしたTARAKOさんの誕生日(12月)のことを語ったキートン山田だが、何十年もの間交換してきたメールの中で一番文章が短いだけでなくいつもいっぱいだった絵文字もなかったことで、何か異変を感じてとのこと。ただ折り返して聞く勇気はなかったそうで、2ヶ月半が経ち飛び込んできた訃報にうろたえたという当時の胸の内を語ってくれた。最後に「まる子よ、順番がちが違うだろ。
友蔵が先である。後半へ続く」といつものナレーション風に呼びかけ、「じゃあね」と別れの言葉で締めくくった。

TARAKOさんがみかん役を演じたアニメ『みかん絵日記』の作者である安孫子三和からの追悼メッセージが読まれた後には、祭壇の前にさくら家をはじめ、このアニメに出演したキャスト陣がズラリと勢揃い。中にはTARAKOさんの後を継いでまる子役を演じることになった菊池こころの姿も。亡きTARAKOさんに届とばかりに大きな声で友蔵役の島田敏が「TARAちゃんや、本当に……本当にお疲れ様でした。TARAちゃんや、見守ってておくれー!」、さらにひろし役の屋良有作が「TARAちゃん、頼んだよ。
そしてTARAちゃん、たくさんたくさんありがとなー」とそれぞれキャラクターの口調で呼びかけると、アニメ『ちびまる子ちゃん』のオープニング主題歌「おどるポンポコリン」を参列者全員で大合唱。最初はハンカチを手に涙を浮かべながら曲を口ずさんでいる人も多かったが、歌っているうちにやがて誰もが明るい笑顔に変わっていくことに。軽快なメロディが余韻を残しながら終わると会場は温かな拍手に包まれた。

お別れの会の最後には、TARAKOさんが元気に笑顔で旅立つことを願って、TARAKOさんの歌った曲を聞きながらオレンジ色のカーネーションを参列者が次々に献花。常に明るく元気に場を和ませていたというTARAKOさんの人柄が偲ばれる、そんな雰囲気に満ちあふれた別れ会となった。

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■参列者コメント
●屋良有作(アニメ『ちびまる子ちゃん』父・さくらひろし役)
自分の芝居のこともそうなんですけど、みんなのことを考えてて。
一座として楽しくやれる雰囲気を作ってくれました。本当にあったかい現場でした。だからもう感謝しかないんですよ、TARAちゃんには「ありがとう」なんです。

●島田敏(アニメ『ちびまる子ちゃん』おじいちゃん・さくら友蔵)
とても心配りの出来る方で、若い方々が入ってきたときには気さくに声をかけて、場がすごく和やかになるような、そんな雰囲気を醸し出してくれる座長だったと思います。『ちびまる子ちゃん』の中でときどき歌が入るんですが、まるちゃん(まる子)と友蔵おじいちゃんが歌うところはアドリブなので、「TARAちゃん、どうする?」って聞くと「敏さんに任せます」って言うんです。そこで私が下手くそな歌を歌うんですが、ミュージシャンですから本当に上手く拾ってくださるので、そのシーンが綺麗に出来ちゃうんです。いやもうブラボーでした。

●佐々木優子(アニメ『ちびまる子ちゃん』おばあちゃん・さくらこたけ)
TARAちゃんはお誕生日のお祝いが大好きで、とにかく「今週誰々の誕生日ですから、みんなで歌いましょう」って必ずスタジオの中でハッピーバースデーを彼女のリードでみんなで歌うのが定番で。でも全出演者全スタッフの誕生日を憶えていて、毎月のようにみんなで歌っていた思い出があります。

●豊嶋真千子(アニメ『ちびまる子ちゃん』お姉さきこ・さくらさきこ)
私は二代目お姉ちゃん役ということで、最初すごくドキドキしていたんです。でもアフレコのときのテストで、TARAKOさんはいつも「楽しいね、楽しいね」って言いながらやってて、TARAKOさんのそのあったかい空気に包まれて伸び伸びやることが出来ました。一緒にスタジオの中で姉妹として過ごした時間はかけがえのない時間だったなって思っています。

●キートン山田(アニメ『ちびまる子ちゃん』初代ナレーション)
座長って言い出したのは僕なんですよ。そんなに気を遣わなくていいよっていうぐらい気を遣う人でしたので。本当にお疲れ様でした。

山寺宏一
デビューして間もない頃レギュラーでご一緒させていただいて、そこからの長い付き合いになります。TARAちゃんとは同世代ということでとても親しくなりまして「TARAちゃん」「山ちゃん」と呼び合って、彼女がプロデュースした演劇集団WAKUの舞台にも、一度出させていただきました。昨年末に上映された舞台も拝見しまして、終わった後で楽屋におじゃまをさせてもらったときにはとてもお元気だっただけに、本当に信じられないという気持ちでいっぱいです。あまりにも突然だったし、僕はニュースを見るまで何も知らなかったのですから。もっともっと話をしたかった。声優の話、芝居の話。出来ればもう一回TARAちゃんのお芝居に出れたらよかったなって思います。『ちびまる子ちゃん』という作品は、皆さんおっしゃってましたけどTARAちゃんじゃなければこんな風に日本中、世界中に愛される作品にはならなかったんじゃないかと個人的には思います。声優は作品のごく一部を担当するわけで、「その人じゃなきゃダメ」っていう作品ってそうそうないと僕は思っていたんですが、TARAちゃんの『ちびまる子ちゃん』はTARAちゃんじゃなければダメだというのがあって、すごいことだなといつも思っていました。念願叶って何年か前に『ちびまる子ちゃん』に出させていただいたときに「みんないつも言ってるから飲みに行こう」って話になったんです。周りに飲み屋ないしと思ったら「ファミレスがあるよ」って言って、なんとファミレス飲みをすることにりまして(笑)。僕もそこそこの年齢だったし、ファミレスで夕方から飲むなんてないんですけど、「TARAちゃんが言うなら」っていってみんなで飲んだんですが、楽しくて楽しくて。そんなことも憶えています。いつもいつも励ましてくれて、もう笑顔しか思い出せません。本当に心から感謝しています。

●木原実(日テレ「news every.」お天気コーナー担当の気象予報士)
『ちびまる子ちゃん』でまるちゃん(まる子)のお友だちのたまちゃんを演じている渡辺菜生子さんが実は僕の日芸(日本大学芸術学部演劇学科)のときの一期上の先輩で、僕は『花組芝居』というところでずっとお芝居をやらせていただいていたんですが、気象予報士の資格をとった途端に非常に忙しくなりまして、劇団で活動は無理だと思って一回芝居を辞めたんです。何年か経って菜生子さんから「面白い芝居をやっていて、TARAKOさんっていうんだけど会ってみない」と言われたのが切っ掛けで、演劇集団WAKUに初めて参加させていただいて、それから毎年公演に出させていただいていました。TARAKOさんは演出だけでなく舞台にも立ちますので、共演者としてスリリングな時間を過ごさせてもらいました。自由奔放で、才能にあふれた天才だと思っています。脚本も演出も斬新ですし、演じる役も非常に面白い。子供から年配の方まで分かりやすいお芝居で、あったかいお芝居でした。去年の舞台が最後になりましたが、僕がWAKUに参加した限りにおいては小劇場のお客さんが全員立ってのスタンディングオベーションは初めて見ました。そんな経験したことないのでうろたえましたが、とてもいい思い出になったと思います。

太田光(お笑いコンビ・爆笑問題)
僕らはお会いしたのは本当に数回なんですけど、『ちびまる子ちゃん』のエンディングの曲の「アララの呪文」を僕らが”爆チュー問題”としてまるちゃん(まる子)と「ちびまる子ちゃんwith爆チュー問題」で歌ったんです。レコーディングは別々でしたが、一生懸命歌って「なかなか上手くいったんじゃない?」と思っていたんですが、出来上がってTARAKOさんの声が乗った曲を聴いたら我々はバックコーラスみたいになっちゃって。「声のプロの人ってマイクの乗りとか全然違うんだな」ってビックリしたのはよく憶えています。最後にお会いしたのはさくらももこ先生のお別れ会のときだったんですが、不思議とさくらももこさんとまるちゃんとTARAKOさんって一緒のイメージがあります。番組のナレーションもTARAKOさんにやってもらってて、それもすごく嬉しくて。本当にお世話になりましたし、感謝の気持ちしかないです。接点は間接的なかたちだったんですが実は深くあったので、もっともっとお会いできる機会があればよかったなって今になって……今更遅いんですけど思いますね。

田中裕二(お笑いコンビ・爆笑問題)
さくらももこ先生は我々と同世代、TARAKOさんはちょっと上になるんですけど、まるちゃん(まる子)との三人を同一化しちゃうんですよ。アニメ『ちびまる子ちゃん』はエンディングテーマを歌わせてもらったりだとか、実写版にも爆笑問題で出させてもらったりだとか、節々で縁があった作品でした。年齢も近いのでショックが強いです。いろんなお別れの言葉を聞いて、みんなから本当に愛されていたんだなっていうのを実感しました。