その名誉ある賞の中で、2020年の「新人男優賞」に輝いた5名の中の一人である梶原岳人(25歳)は、その賞を獲得するには当然と言っていいほど、デビューした年から着々と“主演”を重ねている。
しかも初主演となったのは、おそらく世の男性たちが一度は憧れたであろう「週刊少年ジャンプ」作品の主人公。
声優デビューを果たした2017年に、TVアニメ『ブラッククローバー』のアスタ役に抜擢された。
その後、『お前はまだグンマを知らない』の神月紀、『炎炎ノ消防隊』の森羅日下部、そしてこの4月にスタートしたばかりの『シャドウバース』の竜ケ崎ヒイロなど、途切れることなく主演作を獲得し続けている。
声優として活動しはじめて3年、順風満帆に見える彼だが、梶原は「壁にぶつかったこともありました」と言う。
わずか3年にも見えて濃密な、梶原岳人の“声優道”を聞く。
[取材・文=米田果織]
■「モノマネから始まった」梶原岳人の声優道
「実は……モノマネから始まったんです(笑)」梶原が声優を目指したルーツを聞いていると、そんな言葉が飛び出した。
「小さい頃からバトルもののマンガが好きで、よく読んでいました。そこから興味を持ったマンガ原作のアニメを見るようになって、“自分もできるのでは?”と思って、実は……モノマネから始めたんです(笑)。
『ドラゴンボール』が好きだったので、孫悟空(CV:野沢雅子)のモノマネをよくしていました。やっているうちに、『キャラクターに声をあてるって面白い!』と思い始めて、声優という職業を知ったのがきっかけです」
さらに、海外での生活でも声優を目指すきっかけがあったという。
「親の転勤でシンガポールに住んでいた時期があったのですが、向こうでは日本のアニメがすごく流行っていて。その時に、これまで見ていたバトルものの作品以外に、ライトノベル原作のアニメなど色々なジャンルのアニメに触れました。
アニメのエンドロールクレジット(※)を気にし出したのも、その頃ですね」
※エンディングで出演者、スタッフ、制作に関わった企業、団体などの名前を表示するもの
梶原はシンガポールの高校を卒業し、帰国してすぐに諏訪部順一や大原さやか、佐藤利奈ら人気声優が数多く所属する声優事務所「東京俳優生活協同組合(俳協)」の養成所に入所した。
マンガやアニメが好きなのであれば、マンガ家やイラストレーターという道もあったはずなのに、なぜ声優だったのだろうか?
「自分が作って発信していくことが好きで、イラストも描いたし、バンドも組んだし、曲も作りました。色々なことに手を出した中で、『自分が本当にやりたいことって何なんだろう?』と考えた時に、『アニメのキャラクターを演じたい!』が一番でしたね」
■「気持ちにフィジカルが追い付かない」梶原が初めて感じた、声優の“壁”
養成所を経て、2017年に見事俳協所属となった梶原。そしてその年、『ブラッククローバー』の主人公・アスタ役を演じることが決まった。
『ブラッククローバー』(C)田畠裕基/集英社・テレビ東京・ブラッククローバー製作委員会
当時のことを、梶原は「1話は目も当てられない…(苦笑)。本当に必死で、その時はがむしゃらで、自分ができることを全てぶつけたのですが、見返してみると『うわー!』って思わず頭かかえたりして(笑)。正直、見ていられなかったです」と振り返る。
「自分の頭の中では作れている演技が、いざ声に乗せようと思うとイメージとは違うんです。気持ちにフィジカルが追い付かない。上手く声が出ないんです。
おそらく、緊張で無駄に身体に力が入っていたのかもしれませんが、本番になればなるほど体が固まってきて、自分でもなかなかコントロールができなくて。落ち込みましたし、しばらく悩みましたね」
それでもがむしゃらに役と向き合い続けた梶原。
「お手本がないので、モノマネもできない。自分が初めて声をあてるキャラクターなので、『自分が一番アスタを理解する』ことから始めなければと思いました。キャラクターの側面を考えたり、シーンごとに感情を考えて読み取ったりと、より理解できるように原作を読み込みましたね」
そうしてアスタを演じるうちに、「“アスタを掴んだ”と感じる話数があった」と語る梶原。
それは、ダイヤモンド王国の八輝将・マルスとの戦いでの「仲間」がきっかけだった。
「物語の最初の方では、アスタが強くなるためのエピソードが描かれていました。それから回を重ねるごとに仲間ができて、一緒に過ごすうちに、アスタが仲間の大切さを知り、その仲間のために強くなろうとするんです。
そんな中で戦ったマルスは、“弱い奴は消えるべきだ”という考えの持ち主。そのマルスに、アスタが“そうじゃない”としっかりと感情を向けるシーンで、アスタと気持ちがシンクロしているような気がしました」
気持ちがシンクロしたのは、やはり梶原自身も「仲間に助けられることが多い」という経験があったからこそ。
「当時、右も左もわからなかった自分に、周りのキャストさん、スタッフさんが色々なことを教えてくれたので。ひとりで戦っているわけじゃないことを実感して、アスタの感情の変化を表現できるようになったと思います」と笑顔を見せた。
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■“全てを表現しない” とは? 再びぶつかった壁と、諏訪部順一の存在
『ブラッククローバー』で経験を積んだ梶原だったが、間を置かずして決まった主演作『炎炎ノ消防隊』で、再び悩むこととなる。
『炎炎ノ消防隊』(C)大久保篤・講談社/特殊消防隊動画広報課
「『ブラッククローバー』のアスタはストレートに感情を表現するので、包み隠すことなくその時思ったままに感情と声を出すというやり方でやってきたのですが、『炎炎ノ消防隊』で演じた森羅日下部は全く違いました。1話収録の際、森羅の思いをストレートに表現したら、音響監督さんから“そうじゃない”と言われて」
その時に言われた言葉は「うちに秘める感情はあったとしても、それを全部は出さないで、しかしその感情を視聴者が読み取れるように演じてほしい」という難易度の高いもの。今まで経験したことのない演技に、再び悩むことがあったと明かした。
また、演技だけでなく、イベントの立ち振る舞いでも苦労したという梶原。今では「少し慣れてきたかも」と苦笑いながらに話しつつも、最初の頃は「かなりやばかったです」と振り返る。
「ステージに立つと『下手なこと言えない』とか色々考えちゃって。がっつり絡んでいけなかったり、みんながしゃべっている時に1歩引いて黙っちゃったり……」
それを救ったのが、『ブラッククローバー』にヤミ・スケヒロ役で出演していた、事務所の大先輩でもある諏訪部順一。
「『すぐ黙る!』とか面白くイジっていただいて、それで話しやすいように導いてくれました。本当にありがたかったです」
■梶原岳人が憧れる声優は、アニメ以外のメディアにも引っ張りだこの“あの人”
「やはり同じ事務所の方には、お世話になることが多い」という梶原の一番仲の良い声優を聞いてみると、事務所の先輩である笠間淳の名前を挙げた。
「一緒にラジオ番組をやっていたこともあって、とても仲が良くしてもらっています。話も、空気感も合うし、なんでも話せる。僕より年上なのですが、そんなに気を遣わずに話せる、僕にとっては珍しい方ですね」
その一方で、意識している声優を聞いてみると……。
「さまざまな作品で、特にジャンプ作品で主人公をやられている方ですね。意識しているというより、目標としているといった意味が大きいです。『炎炎ノ消防隊』で共演した小林裕介さんや、『ブラッククローバー』や『Paradox Live』で共演している村瀬歩さん、ジャンプフェスタでたくさんお話させていただいた山下大輝さん」
演技についてアドバイスを求めることも多く、「同じ悩みを経験されていたりするので、共感してもらえて、的確なアドバイスをいただけます」という。
“役者目線”の意見は、「より近しい目線での助言をいただけるので、自分にスッと入りやすい」と語る。
さらに、名前を並べる中で、特に目標とし「個人的にとても好き」という声優の存在が、現在テレビ出演などの活躍も目覚ましい梶裕貴だと明かした梶原。
「高校生の時に見ていたアニメでよく主演されていたので、個人的にとても好きな声優さんです。でも、まだ現場でお会いできたことがないんです。いつか共演させていただきたいです」と別の意味での“目標”ものぞかせた。
■アイドル、ラッパー、YouTuber…多才な梶原岳人は今後どうなっていくのか
アニメや映画の吹き替えに声をあてるだけが仕事ではないのが、昨今の声優業界。
梶原もその波に乗っているひとりで、『あんさんぶるスターズ!!』でのアイドル活動、『Paradox Live』でラップ披露など、さまざまなことに挑戦している。
その中で特に注目してほしいのが、YouTuberとしての活動だ。
今や花江夏樹、木村良平、鳥海浩輔ら人気声優がこぞってYouTubeに動画をアップし始めているが、梶原は声優デビュー2年目の2018年という、男性声優の中では比較的早い時期にYouTuberデビュー。
その名も「ガクともチャンネル」。
先ほど「イベントでしゃべれない」と言っていたのが嘘のように、一人でもなんなく企画をこなし、ゲストとも軽快なトークを交わしている。
「個人チャンネルなので、たくさん話せるように頑張っています(笑)」と笑い交じりに話す梶原。YouTubeを始めるきっかけを聞くと……。
「業界の歴が短いのもあって、コミュニケーションもうまく取れないので……より色んな方々と関わって、自分のスキルも上げつつ、業界の方との関わりを増やしていけたらいいなということで始めました」
「アニメのキャラクターを演じたい」と声優になった梶原だが、アフレコ以外の仕事については、どう思っているのだろうか。
「とても楽しいので、辛いとか、やりたくないと思ったことはないです。そもそも、楽しくないとやれない人間なので。色んな仕事をこれからもやっていきたい」と目を輝かせながら、力強く語った。
そんな彼に、今後やってみたいこと、演じたい役柄を聞いてみた。
「難しい役どころでもある、敵キャラを演じてみたいですね。これからもっと技術を身に着けて、声優として成長して、物語を揺るがす敵キャラを任せてもらえるようになりたいです。
梶原は「声優アワード」新人男優賞発表の際、Twitterに「大好きなブラクロと共に歩んだ道です!!!!!これからも限界超えて、よろしくお願いしまあああああすッッッ!!!!!諦めないのが俺の魔法だ!!!」とコメントしていた。
『ブラッククローバー』も、今年で放送4周年目に突入。それと同じく、梶原もデビュー4年目へと足を踏み入れる。
比較的落ち着いたトーンで話す梶原だが、インタビュー中、梶原とアスタが“シンクロ”した瞬間があった。
それは、「壁にぶつかっても諦めず、努力をおしまず立ち向かっていく」というところ。
これから梶原はどのような声優に成長していくのか、もう目が離せない。