劇場版『名探偵コナン 緋色の弾丸』レビュー

1994年に原作マンガが「週刊少年サンデー」にて連載開始され、1996年にはTVアニメが放送開始。1997年には劇場版第1作『時計じかけの摩天楼』が発表と、30年弱の歴史を誇る 『名探偵コナン』シリーズ。


新型コロナウイルスによる1年間の公開延期を経て、ついに劇場版の最新作(第24作)である劇場版 『名探偵コナン 緋色の弾丸』が劇場公開を迎えた。

今回描かれるのは、世界最大のスポーツの祭典 「WSG(ワールド・スポーツ・ゲームス)」の東京大会の開催前に起こる大事件。
開会式に合わせて、最高時速1000kmを誇る「真空超電導リニア」の開通が発表された。しかし、大会スポンサーが集うパーティ会場で事件が発生。各企業のトップが、相次いで拉致される事態が巻き起こったのだ。
そしてこの事件の内容は、15年前にアメリカ・ボストンで起きた 「WSG連続拉致事件」と酷似していた――。


事件を調べ始めた コナンは、かつてFBIの管轄だったことから、秘密裏に捜査を進めるFBI捜査官の 赤井秀一やその メンバー(ジョディ、キャメル、ブラック)と協力することに。時を同じくして、イギリスの諜報機関「MI6」に所属する赤井の母・ メアリーとその娘・ 世良真純も事件の調査を進めていた。
また、赤井の弟である棋士・ 羽田秀吉と恋人の警視庁婦警・ 宮本由美もひょんなことから事件に関わることになり、期せずして 「赤井ファミリー」が集結することとなる。

以上が、本作のおおよそのあらすじ。見どころはやはり 「赤井ファミリー集結」であるが、この映画の面白さはそこにとどまらない。
劇場版ならではのスペクタクル、コアなファンにも刺さるキャラクターの細やかな描写、ソリッドなポリティカルサスペンスのエッセンスまでそろっており、それでいて各要素のバランスが非常に良い。

『時計じかけの摩天楼』『瞳の中の暗殺者』『天国へのカウントダウン』『沈黙の15分』『ゼロの執行人』等にも見られた、タイムリミット・サスペンスまで盛り込まれ、観客を隅々まで楽しませてくれるだろう。

本稿では、ネタバレは避けつつ劇場版『名探偵コナン 緋色の弾丸』の魅力を、ガチファン目線で紹介していく。

赤井ファミリーに合わせた「世界仕様」の物語
まずは、本作における基本的な物語構造の上手さについて。
コナン映画といえば、毎回「場所」の設定が巧妙だ。『水平線上の陰謀』は豪華客船、『天空の難破船』は飛行機等々、シチュエーションを設定することでサスペンス要素を高めているが、今回は 「真空超電導リニア」。最高時速1000kmというあまりの速さに「日本の弾丸(ジャパニーズ・ブレット)」と呼ばれている。


この「弾丸」、ファンならばピンとくるだろう。コナンは、黒の組織のベルモットから組織を壊滅させる脅威= 「銀の弾丸(シルバー・ブレット)」と呼ばれており、これは元々赤井につけられた呼称でもあった。要は、 「弾丸」というワードは赤井を連想させるものなのだ。

そして、赤井並びにFBIを絡めるべく、WSG絡みでアメリカが舞台の過去の事件を出してくるという設定も上手い。
「スポーツの祭典の日本開催」にすることで、日本国内を舞台にしながらも世界を意識した物語を展開できるのだ。FBIだけでなくMI6が動く必然性も、「各国の要人が日本に集まる」ことから生まれている。

国際的に活躍する赤井ファミリーが集結する説得力が、物語にちゃんと組み込まれており、“時事ネタ”もカバーしているため、取ってつけた感がない。

さらに、WSGの主要メンバーに元FBI長官を据え置くことで、よりFBIが動く必要性を強化している。本作は、 コナン&FBI&赤井ファミリーが全員でひとつの事件に挑む壮大な物語となっており、この部分の設定がしっかりと考え抜かれているのだ。

また、オープニング時点から過去作とは全く違うつくりになっており、観る者を驚かせるだろう。
本作はまず15年前のデトロイトから幕を開け、ストリートミュージシャンが演奏するブルースハープに合わせて、WSG連続拉致事件の一端が描かれる。そこに英語のスタッフクレジットが浮かび上がり、海外の映画のようなオープニングのシークエンスが展開するのだ。

明確に「世界」を意識した演出に、これまでとは大きく異なる挑戦心を感じさせられる。

このように、スケール感たっぷりの始まりをみせる『緋色の弾丸』だが、真空超電導リニアの状況設定も巧み。
時速1000kmで動くリニアの車内と車外で、それぞれ事件が起こり、コナンとFBI、赤井ファミリーそれぞれの見せ場が同時進行で描かれていくのだ。詳細はネタバレとなるため伏せるが、複数の事件をそれぞれのキャラクターが解決し、さらにそれがリンクしていくというスピーディな展開は、物語にエンタメ性と爽快感をもたらしている。
近年のコナン映画の命題である「キャラの見せ場」「物語としての強度」を両立させた好例といえるだろう。

櫻井武晴によるリアリティ重視の脚本
このような設定の上手さは、人気ドラマ『相棒』や『ゼロの執行人』などの 脚本家・櫻井武晴の手腕によるものだろう。
ポリティカルサスペンスの要素もはらんだ刑事ものを得意とする彼の参加によって、社会派ドラマの雰囲気も漂っているのが興味深い。

例えば劇中には「アメリカは、テロに屈した人には厳しい」というセリフや「いまは何の利害関係もない他人が束になって攻撃する時代だ」というネット上の誹謗中傷に警鐘を鳴らす言葉も。
また、「凶悪犯は排除すべき」というFBIと「凶悪犯でも殺害はいけない」とコナンが信念の違いをぶつけ合う場面もある。銃社会のアメリカとそうではない日本のスタンスの差が端的に示される部分でもあり、『名探偵コナン』という場を借りて、現代社会の諸問題を描いている箇所が、いくつもある。

犯人の動機も 「哀しみの連鎖が今、加速する。」というチラシ等のワード通り、観る者に観賞後も考えさせるものになっており、なかなか趣深い。
そもそも、明らかに東京五輪を想起させる出来事を描き、「開会式を前に血生臭い事件が起こる」という物語を、開催時期にぶつける予定だった(元々は2020年の東京五輪直前に公開予定)わけで、実際の中身を観るとなかなかに攻めた企画であることがわかる。

いまや、劇場版コナンは大ヒット間違いなしのお祭り映画と認識されている節があるが、本作は 「赤井ファミリー集結」という見せ場を用意しながらも、現実社会に根差したストーリーが敷かれている。
上記の部分はもちろん、犯人が一般市民を巻き込んだテロを起こす際に使うトリックも医療の専門知識を使ったもの。また、「USMS(連邦保安官局)とFBIは仲が悪いため、情報提供を頼むと骨が折れる」といったような小ネタも見られる。

「赤井ファミリーが活躍する場を用意するため」ということもあろうが、『緋色の弾丸』においてはこれまで以上に 現実社会とリンクさせた物語が繰り広げられる印象だ。
その結果、ズシリとした重厚感が漂っている点は、特筆すべきところといえよう。
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キャラ愛にあふれたタッグバトルが熱い!
ただ、こうしたリアルな要素を入れ込みつつ、ファンを楽しませる展開もきっちりとカバーしているのが素晴らしい。赤井ファミリーをただ登場させるだけでなく、様々な形でタッグバトルを仕込んでいるのだ。
コナンと赤井はもちろん、コナンと世良、世良とメアリー、赤井と羽田といったように人気キャラたちを掛け算させ、この映画でしか見られない共闘を多数作り上げている(羽田×由美のカップルの掛け合いもほほ笑ましい)。

たとえば、阿笠博士の家の前で赤井(沖矢昴)がコナンを待ち構えており、ふたりでドライブしながら“作戦会議”をするシーン、赤井と世良の兄妹対決等々……。詳細は観てのお楽しみということで省くが、何気ないシーンでも「この組み合わせは熱い!」とファンを歓喜させるものが数多く盛り込まれている。
また、コナンと世良がタッグを組むシーンでは、コナンの正体は新一であると確信している世良からの探りを交わしつつ、事件解決に臨むというスリリングな攻防も描かれる。

また、コナンと蘭、灰原という初期メンバーの描き方も絶妙だ。晴れて互いの想いを伝えあい、 恋人同士になった新一(コナン)と蘭のやり取りはより親密さが増しており、シリーズを長年追ってきたファンにとっては感慨深いものがあるはず(お約束の「蘭!」「新一!」もしっかり用意されているのが心憎い)。

さらに、本作では コナンと灰原の連係プレーが炸裂。コナンが灰原を圧倒的に信頼している様子が何度も描かれ、灰原が「私は雑に扱われてる……」とぼやきながらも、コナンの最良の相棒と言っていいほどの存在感を発揮していくのは、作り手たちのキャラクターへの強い愛情を感じさせて心地よい。
細かい部分だが、灰原がコナンの予備のメガネをかけるシーンは、ファン的には特別な意味を持つ。

元々は彼女が絶体絶命のピンチに陥った「ピスコ編」(コミックス24巻)で、コナ
ンが「かけると正体がバレない」とメガネを灰原に渡したのが始まり。以降、ジョディとベルモットが対決する重要回(42巻)など、シリアスな回で灰原がメガネをかけることが多かったのだが、今回はコナンに不測の事態が発生したように前もって用意していたという設定に。
悲劇性が漂っていた灰原が、少しずつ居場所を見つけていくところも『名探偵コナン』シリーズの重要な見どころだが、本作では所々にその意識が感じられる。

蘭と灰原の掛け合いが多めに観られるのもファンには嬉しいところで、灰原が蘭を翻弄して困らせたり、ふたりでコナンの安否を気遣ったりと、初期のコミュニケーション不全(灰原が蘭を拒んでいた)を乗り越え、ここまで成長したふたりがしっかりと描かれるのは、劇場版では初めてといえるかもしれない。

永岡智佳監督が引き出す、表情の豊かさに注目
各キャラクターの描写とサスペンスアクションの畳みかけのバランスが絶妙な快作だが、櫻井の脚本はもちろん、『紺青の拳』で監督デビューを果たした 永岡智佳の存在が非常に大きいように思う。
彼女は、『紺青の拳』で鈴木園子の新たな魅力を引き出し、その繊細な心理描写とキャラクターの愛情あふれる演出が絶賛されたクリエイター。本作でも、永岡監督ならではの「キャラクターの絶妙な表情」が多数観られる。

たとえば、新一と電話している際の蘭の照れつつも好意を確かめたい表情や、羽田を見守りつつ、揺るがない愛情を言い切る由美の優しさと強さが同居した笑顔、赤井や羽田の色っぽいキメ顔など、それぞれのキャラクターが生き生きと動いている。
個人的に特に驚かされたのが灰原で、先に述べたようなコナンとのタッグバトルの厚みもあるためか、彼女の表情一つひとつが実に豊かなのだ。メインは赤井ファミリーの物語だが、 「灰原推し」の皆さんにはグッとくる描写が連発なのではないか。

また、永岡監督と櫻井のコラボレーションの見事さは、ジョディが証人保護プログラムについて語るシーン等に現れている。
彼女は両親を黒の組織のベルモットに殺されており、承認保護プログラムを受け入れたという過去がある。だからこそ、承認保護プログラムについて語ることは、ジョディにとってトラウマを呼び起こすものでもある。その際の表情が、哀しみと怒り、それでも前に進もうとする決意を感じさせるものになっているのだ。
これはあくまで一例で、劇中ではまだまだ、キャラクターとストーリーが見事な融合を見せている。

アクションシーンとしても、『緋色の弾丸』の後半にはすさまじい見せ場が用意されており、劇場で思わず手に汗握ることになるだろう。心・技・体そろった快作である劇場版コナンの新作、ぜひ細部に至るまで堪能していただきたい。

『名探偵コナン 緋色の弾丸』作品情報
2021年4月16日 全国東宝系にて公開

原作:青山剛昌「名探偵コナン」(小学館「週刊少年サンデー」連載中)
監督:永岡智佳  
脚本:櫻井武晴  
音楽:大野克夫
声の出演:高山みなみ山崎和佳奈小山力也池田秀一 ほか
(スペシャルゲスト)浜辺美波
主題歌:東京事変「永遠の不在証明」 
配給:東宝 
製作:小学館/読売テレビ/日本テレビ/ShoPro/東宝/トムス・エンタテインメント
(C)2020 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会