天才テリー伊藤対談「宝田明」(3)3作目「ゴジラ」でいきなり主役に
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テリー そんな過酷な少年期を経て、宝田さんが役者を目指した理由は何だったんですか?

宝田 当時、引き揚げ者はなんとなく白い目で見られていたもので、本籍地の新潟に戻ったら寡黙になっていたんです。それが、小学6年の時に、ひょんなことから学芸会で欲張りのおばあさん役を演じたところ、すごく人気者になりまして、それで味を占めちゃった(笑)。その後、東京に引っ越しまして、中学・高校と演劇にのめり込みました。

テリー 違う自分を表現することが、宝田さんの世界を広げていったんですね。

宝田 そういう面もあったかもしれませんね。それで昭和28年、高校3年の時に、学校に出入りしていた写真屋さんから「東宝がニューフェイスを募集しているから、出てみないか?」と言われたんですよ。もちろん最初は「映画なんてとんでもない!」と断りました。だけど結局は押し切られる形で、校庭で撮ってもらった写真3枚と履歴書を東宝に送ったんです。

テリー そのぐらい目立った存在だったんでしょう。その頃、身長は?

宝田 183センチです。

テリー 石原裕次郎さんが181センチで長身だって言われてたのに、それより高くて、この二枚目ですから。ラブレターなんか、相当もらったんじゃないですか?

宝田 それをバッタバッタと払いのけて(笑)。

テリー アハハハハ、うらやましい。じゃあ、余裕で合格だったでしょう。

宝田 いやいや、そんなことないです。書類審査に合格して東宝撮影所に行ったら、こっちはシワだらけの学生服なのに、他の受験生は皆、バリッとした学生服を着て、芸術の本を読んで待っていたりするんです。それを見てすっかり怖くなって「これはダメだ。次のバスで帰ろう」と、撮影所前のバス停のベンチで1時間ぐらい立ったり座ったりしていました(笑)。