「たこ、海に帰る」海水浴で溺死したたこ八郎の「朝から酩酊」朴訥人生/壮絶「芸能スキャンダル会見」秘史
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 私がたこ八郎と初めて会ったのは、1983年の冬。場所は新宿のゴールデン街にある「クラクラ」という店だった。ここは「はみだし劇場」を主宰する役者の外波山文明が営む店で、たこはこの店の常連。というより、ほぼ毎日この店のカウンターで酒を飲み、酔いつぶれて長椅子で寝てしまう、というのが日課になっていた。

 当時、たこはフジテレビの「笑っていいとも!」にレギュラー出演し、単行本「たこでーす。」を刊行。そんな彼の素顔に迫る、というのがインタビューのテーマだった。

 しかし、所属事務所に連絡するも「いや~、本人がつかまるかどうか…。夜、この店を訪ねるのがいちばん確実」というわけで、この日の訪問となったわけである。

 夜9時過ぎ、「クラクラ」のドアを開けると、たこはすでに酩酊状態。というより、四六時中飲み続けているため、常に酔っている状態が続いている、といった方が正しいのか。

 たこ八郎こと斉藤清作は、日本フライ級王者としてタイトルを2度防衛した元プロボクサー。3度目の防衛戦に敗れた23歳の時に、喜劇界の大御所で同郷の、由利徹のもとに弟子入り。ボクサー時代の後遺症を思わせる呂律の回らない話し方と、演技とも地ともつかない「ボケっぷり」で一躍、人気者になった。

 カウンターで一緒にグラスを傾けること数時間。なんとかインタビューは終了した。私も彼の純朴すぎる人柄に魅了され、その後もたびたび「クラクラ」に通ったものだ。