信長ブーム再燃の裏で「生誕地論争」が集結

 今秋には小栗旬が信長を演じるドラマ「信長協奏曲」(フジテレビ系)も始まるなど、ブームが再燃しつつある織田信長。その出生地については諸説あったが、ここにきて愛知県西部の愛西市と稲沢市の境にあった勝幡城〈しょばたじょう〉が有力視され町おこしが本格化するなど、大騒ぎなのだ。

 今年で生誕480年を迎えた織田信長。これまで信長の生誕地として、通説とされてきたのが、現在の名古屋城二の丸付近にあったとされる「那古野城生誕説」だった。

 ところが、愛西市教育委員会社会教育課の課長補佐、石田泰弘氏の研究成果が実り、通説だった「那古野城生誕説」から最近では愛知県西部の愛西市と稲沢市の境にあった「勝幡城生誕説」が広く認められつつあるのだ。石田氏が解説する。

「歴史学の世界で長らく採用されてきた那古野城生誕説は、天文元(1532)年に信長の父、信秀が今川氏豊を攻めて那古野城を奪取し、その2年後に信長が生まれたという説でした。私が日本史を専攻する学生時代に、勝幡城生誕説をレポートにまとめて提出したところ、教官に『アホか!』と一蹴されたほど。勝幡城生誕説というのは、古くから地元で伝わってきた伝承にすぎなかったんです」

 ところが、石田氏が佐織町(現愛西市)の教育委員会に勤務している時に、江戸時代中期に尾張地方の古城についてまとめた「尾州古城志」の写本を見つけたことが大きな発見の契機となった。

「『尾州古城志』には「天文3(1534)年5月28日、勝幡城において信長出生」と書かれていました。また京の公家、山科言継の日記『言継卿記』には信長出生の前年、1533年7月に言継一行が勝幡城を訪問しているとありました。もし1532年に那古野城を奪取していたならば那古野に招待するのでは? と思ったんです。だから必然的に1534年に誕生した信長の出生地は勝幡城以外ありえないということになります」


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2014年10月15日の社会記事

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