緊急追悼連載! 高倉健 「背中の残響」(12)若い頃は遅刻グセがあった

 吉田が初めて高倉の主演映画に関わったのは「大空の無法者」(60年、東映)という作品だった。当時の東映は京都が主流であり、高倉や吉田がいた東京撮影所は日蔭の存在だった。

「当たらない映画が続いて東京撮影所は元気がない。健さんにしたって年下の中村錦之助、日活でも石原裕次郎小林旭のほうが先に売れてしまう。あの頃の健さんの口ぐせは『明日があるから!』だったけど、歯を食いしばって自分に言い聞かせていた感じだった」

 さらに女流スターとのせめぎ合いもあった。大歌手であり、東映の看板女優でもあった美空ひばりは高倉を気に入り、小林旭よりも先に「ダーリン」と呼んで相手役にたびたび指名。ただし、ピントはひばりのみに合わされ、後ろにいる高倉の顔はぼやけている。できれば出たくないというのが本音だった。

 また江利チエミとの結婚後も吉田はグチを聞かされた。

「健さんの主演1本が60万円になっていたけど、それでも家に帰ればチエミは東宝で1本250万円と聞かされる。何とかなんねえかなって訴えてきたね」

 そして大スターへ飛躍したのが「昭和残侠伝」や「日本侠客伝」(64年)、「網走番外地」(65年)の人気シリーズが立て続けに始まった頃である。

 とりわけ「昭和残侠伝」は主題歌の「唐獅子牡丹」に乗り、風間重吉役の池部良との“道行き”で敵陣へ斬り込んでいくシーンが拍手喝采を浴びた。

 池部は高倉よりひと回りも先輩の大スターだが、高倉を「健坊」と呼んでかわいがった。


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