フェアレディZの父「片山豊」氏の自動車人生105年

 2月23日、新聞朝刊の片隅に〈フェアレディZの父死去〉とベタ記事が載った。日米の自動車文化を発展させた功績をたたえ、日本人4人目の米国自動車殿堂入りした偉人にしては寂しすぎる扱い。その理由とは。

 自動車評論家の国沢光宏氏が語る。

「片山豊といえば、日本では『Zの父』という評価だが、そもそも日本車がアメリカで売れるようになったのは片山さんのおかげです。その意味では本田宗一郎氏と同じぐらいの功績がある人だと思います」

 片山氏は1935年(昭和10年)に日産自動車に入社し、戦後の復興期に宣伝マンとして日本初の自動車ショーを日比谷公園で開催したり、豪州の自動車ラリーにスタッフとして参戦、日本車を初優勝させ、国産車「ダットサン」の存在を広くアピールしたアイデアマン。が、その華々しい活躍の見返りに会社が命じたのは「アメリカ行き」。

「私が30年前にこの仕事を始めた頃も日産は片山氏に対し厳しいネガティブキャンペーンを張っていた。要するに湘南生まれの慶応ボーイという明るい人柄で日本初のモーターショーを立ち上げるなど日の当たるところを歩きすぎ、社内ではやっかまれたということです。それで『アメリカで車売ってこい』となった」(前出・国沢氏)

 晩年の本人も「実際はテイのいい島流しだった」と語っているとおり、当時は、自動車王国・アメリカで日本車が売れるとは誰も考えなかった時代である。しかし片山氏の逆襲はそのアメリカ西海岸から始まった。


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