病魔と闘う荒ぶる役者たちの不屈秘話 「第1回・松方弘樹」(3)100人を招いての大宴会
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 松方が「最後の役者」と呼ばれるのは、勝新太郎にも似た羽振りのよさだ。88年から付き人を務め、現在は東映・京都撮影所の演技センターに勤務する須賀章は、懐かしそうに振り返る。

「たとえ先方がスポンサー筋の実業家であっても、飲んだ相手には絶対に支払いをさせない。僕がオヤジの財布を預かっていて、必ず先に払いに行かないと機嫌が悪くなっていました」

 現在は手放してしまったが、松方は京都に約1000坪もの広大な邸宅を持っていた。主演映画や正月の大型時代劇など節目の撮影が終われば、この豪邸が大宴会場になったと須賀は言う。

「庭が広いせいもあって、東映からバスを連ねて100人くらいが集まったと思います。屋台をいくつも呼んで、庭ではカニなどを焼いたり、それは豪華。儲かった金は右から左で、年間ン億円は使っていたんじゃないかと思いますね」

 芸能界きっての酒豪でもあった。ヘネシーのボトルを何本も空け、同席する芸能人には「かけつけ3杯」といたずらっぽく笑い、意識を失わせることも少なくなかった。

 そんな酒豪が鳴りを潜めたのは、90年代に入ってからと須賀は記憶する。

「舞台の連続公演をやっていた時に、疲れがいつになくひどい時があった。医者に診てもらったら、まず『血液がドロドロです』と言われ、さらに『このままだとヤバいですよ』とも。オヤジも、酒があまりうまくないと感じていたこともあって、そこから控えるようになりましたね」