“見えない何か”に怯えていた

 柳町は撮影の合間に、共演者の安岡力也と「心霊談義」に高じる喜和子の姿を何度も見ている。

「おい喜和子‥‥連れて来たな?」

「うん、私の周りにいるよ」

 もともと持っている霊感の強さに加え、今で言う「パワースポット」の熊野の磁場が、より尖鋭的な能力にさせてしまったようだ。

 柳町は、後に聞く喜和子の訃報にも作品との「奇縁」を感じた。監督の前ではおくびにも出さないが、メイクなどのスタッフには小声で漏らしていた。「あの映画には小舟の上だったり、川のふちだったり、水にまつわる描写が多い。本人は女優根性で乗り切ったけど、何度も『水が怖い』と口にしていた」

 もともとが泳げない体質とはいえ、その怖おそれ方は、“見えない何か”におびえているかのようだった‥‥。ただ、こうした部分をのぞけば、柳町にとっては実に頼もしい女優だった。

「久しぶりの映画の主役ということで張り切っていたし、責任感も強く持っていた。一部でわがままって評判もあったけど、現場ではそつなくまとめてくれたし、キャンペーンにも協力してくれましたよ」

 完成した作品は「毎日映画コンクール日本映画優秀賞」を取るなど、高い評価を得た。そして公開から7年後、柳町は偶然、熱海から伊東にかけて仲間とドライブに出かけた。

「伊東の街に『唐人お吉ものがたり』の看板が出ていました。あと2日で公演だったので、もし、その日にやっていれば喜和子さんの楽屋に挨拶に行ったのですが‥‥」