「都内や地方ロケ先も含めて、1カ月くらい正輝を張り込んだのですが、何も出てきませんでした。ところが、試しに聖子を張り込んだら、たった3日で外国人とホテルで熱々の密会現場をキャッチすることができた」

 度重なる聖子のスキャンダルで、しだいに沙也加は母親と距離を置くようになっていたのだという。

 それでも、恋愛体質は母親譲りか、翌04年には3枚目のシングル曲のプロデュースを手がけたギタリスト・北野正人(42)との熱愛が発覚した。

「北野が一回り年上という年齢差や離婚歴などを理由に、今度も聖子が猛反対。しかし、沙也加は北野に入れ込み、反対に『タレントは辞めて自活する』と突っぱねました。ついには家出同然で男と半同棲状態になると、聖子は娘の『活動休止』を発表。これは事実上の解雇宣告のようなもので、ママの方針に逆らった沙也加の給料の支払いはストップされてしまった」(前出・ベテラン芸能記者)

 若気の至りにブレーキをかけるのは母親の役目であるには違いないが‥‥。

「高校を出たばかりで稼ぎの少ない沙也加には最もつらい事件でした。“兵糧攻め”にあって生活に困窮した沙也加は結局、白旗を揚げてギタリストと別れた。聖子にわびを入れて母のもとに戻ることになったんです」(芸能デスク)

 その後、ディナーショーで共演し、11年には紅白でともに歌ったが、「完全にビジネスパートナーだった」との声まで聞こえるのだ。