オールナイトニッポン50年の全秘史(5)あのねのね・原田伸郎「石橋貴明も弟子入り志願した伝説の“珍”企画」

オールナイトニッポン50年の全秘史(5)あのねのね・原田伸郎「石橋貴明も弟子入り志願した伝説の“珍”企画」

 社員中心だったパーソナリティがタレントに門戸を開き、一気に華やいだ73年。その先兵となったのは、デビュー間もない「あのねのね」で、原田伸郎(66)は「ラジオの革命だった」と豪語する。

──「赤とんぼの唄」でデビューしたのが73年3月、その4カ月後の7月にはパーソナリティに抜擢されていますね。

原田 京都から清水国明さんと上京して、渡辺プロのオーディションを兼ねて有楽町のライブハウスで歌ったんです。渡辺晋社長も来ていて、ずっと盛り上がっていたけど、最後に「アホの唄」を歌ったのがアカンやった。

──と言うと?

原田 当時の東京の人は関西弁になじみがなく、アホって言うとバカの数十倍、屈辱的に聞こえる。怒ったお客さんと清水さんがケンカになって、結局、渡辺プロ入りはお流れ。けど、ニッポン放送の人が何人か来ていて「これはおもしろそうだ」と。

──ああ、なるほど。有楽町というホームタウンでもありますし。そして番組はギャグソング同様に、当時のラジオでは考えられない珍企画がめじろ押し。

原田 毎週、スタジオに行くのが楽しみやった。ディレクターはいつも始末書を用意していたけど、僕らには「おもろいことやれ」と。「謝るのは俺らがやるから」と言ってくれて。ええ時代でした。今ならディレクターのほうから「これはできません」ってストップさせられるもんなあ(笑)。

──では、歴史に残る場面をいくつか紹介していきましょうか。まずは「始発の山手線大パニック」ですが。


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