元ヤクザでクリスチャン、今建設現場の「墨出し職人」さかはらじんが描く懲役合計21年2カ月の《生き直し》人生録。カタギに戻り10年あまり、罪の代償としての罰を受けてもなお、世間の差別・辛酸ももちろん舐め、信仰で回心した思いを最新刊著作『塀の中はワンダーランド』で著しました

前回はカード詐欺、クスリ、拳銃をめぐり司法取引の駆け引きが展開された今回は、元ヤクザが「減刑」を、刑事は自らの「出世」をかけて利害一致の折り合いをさぐるダマし合い化かし合い。そして、ついに・・・手打ち! 白熱取調室いざ除幕です‼️

【白熱取調室】唖然ボー然大爆笑!「拳銃」めぐり恫喝•手打ち•...の画像はこちら >>

◼️それは何の真似だ。チョキか?

ボクは気を取り直すと、今にも噛みつきそうな顔で睨みつけている係長を、挑戦的な顔で睨み返した。

そんなボクの態度に係長が声を荒げた。

「サカハラ、どうしても(ション便を)出す気はないようだな。

そうやっていつまでもゴネたって同じことだ」

ボクは無言のまま椅子に座ると、腕組みをして取調室の天井を仰いだ。目の前にいる係長に、どうやって話を切り出すか、そのタイミングを計っていたのだ。

すると、ボクがだんまりを決め込んだと思ったのか、

「おい! サカハラ、強情張るんじゃない! とっととション便出せぇ!」係長が、眉毛を吊り上げて咆えた。

その声に単細胞のボクは、頭の血管を即座にピクピクと反応させて、係長を睨み返していた。アッと思ったが、遅かった。これでは笑顔をつくって、話を切り出すどころの騒ぎではなかった。

逆に状況の悪化を招いてしまっただけである。

「係長、わかった。もうてこずらせねぇ。その代わり、ちょっとオレの話を聞いてくれよ」ボクは顔を引きつらせた。

ボクが突然豹変したことに、係長は不審げに左の眉毛をググッと吊り上げた。

「何だ、話とは……。

やっと出す気になったのか?」

「係長、“水心あれば魚心”で、内密に係長と二人で話がしたいんだ。だからそこに立っているデカさんたちに、ちょっと席を外してもらってほしいんだ」

ボクの声色は先ほどとは打って代わって穏やかになっていた。

入口に立っている捜査員たちに係長が顎をしゃくると、入口から捜査員たちの姿が消えた。

「何の話だ」

「オレは、カードは認める」

「当たり前だ」

「しかし、ション便を出す訳にはちょいといかねぇんだ、ぶっちゃけ、微妙なんだ」

「やっぱり、やってたのか?」

「ああ、やってた。でもよう、オレには不細工だが、気のいい嫁さんと可愛いガキがいるんだ。だから、これを出すから、ション便と相殺してくれねえか?」

そう言うと、ボクは右手の人指し指と親指を広げてみせた。

係長はボクの指にチラッと視線を走らせると、

「おい、サカハラ……それは何の真似だ。チョキか? オレはお前とジャンケンやって遊んでいる暇はないんだ。それでなくてもお前には時間を喰っているんだ」

ボクは係長が本当にチョキだと思っていると思い、「係長、これはチョキじゃねえ。拳銃だよ」と言って、開いたチョキの指を係長に向けると、「パン」と声を出して撃つ真似をした。

すると係長は「サカハラ、お前……」と眼光を鋭く光らせ、吊り上がっていた眉毛を一段と吊つり上げた。

ボクは針の先に魚がかかったような手応えを感じた。

「モノはそこら辺に出回っているトカレフとは違うよ。回転式の三八口径のホンチャンだよ。名前はコンバットマグナムだ。アメリカ製だよ」

するとボクを凝視していた係長の目がさらに険しくなって、「おい、サカハラ、お前、今、本当にチャカ持っているのか?」と聞いてきた。ボクは最後のとどめを刺すつもりで、その一撃を放った。

「この話、与太(デタラメ)じゃねえよ。

どうしても“首をつけろ”と言うなら、その首もつけるけど……。今日中に用意できる」

係長が取引する手応えを感じたボクは、ヤクザ映画の見せ場の、哀愁を背負ってスポットライトを浴びている主役を気取った。

暴力担当警察官としては、どんな手段を使ってでも、拳銃を押収すれば成績が上がり、早い出世を望むこともできる。さらに、署の予算もぐんと上がるほどの手柄にもなるのである。その威力を発揮する拳銃は、デカたちにとって夢の押収物であり、咽から手が出るほどほしい代物なのだ。

ボクが係長の出方を窺っていると、係長の眉毛がピクピクと動いた。

「よし、分かった! だったらサカハラ、お前の首つきで、ション便と一緒に拳銃も出してもらおうか」

その言葉を聞いた途端、ボクはしがみついていた獄の壁からズリ落ちそうになった。自分の耳が信じられなかった。

◼️「取引はしない!」係長の厳然たる態度に呆然

「係長……今、何て言った?」

「オレの言ったことがわからなかったのか? だったらその耳、よーくかっぽじいて、よーく聞いておけよ」

ボクは係長の目を凝視したまま、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「お前の持っている拳銃は、お前のション便と一緒に出してもらう。お前が手こずらせた分だ。わかったか。だから取引はしない!」

この厳然たる拒絶に、今度は間違いなく完璧に獄の塀の中に落ちていた。係長の言葉にすっかり毒気を抜かれてしまったボクは、呆然としていた。

今までのデカ連中は皆拳銃を欲しがっていたのに、この係長は違っていたのだ。

その後、係長はバカの一つ覚えのように「拳銃出せ。拳銃出せ」とボクに言い、「サカハラ、お前がそんな危険な物を持っていたら、何をやり出すかわからんから、大人しく拳銃とション便を出せ」と、呪文のように、何回も同じフレーズを繰り返した。

ボクはこの阿呆な係長とこれ以上付き合っていても仕方ないと思い、とうとう観念して尿を出す決心をした。

強制採尿の令状を執行されてからでは検事の印象も悪く、否認ということで、接見(警察の留置所や拘置所での面会)禁止をつけられてしまい、そのあとの公判廷においても、心情面で裁判官の印象がすこぶる悪くなってしまう。それに、量刑的にも「任意」と「強制」とでは大きく違ってくるのだ。ボクはそれを避けることから、これ以上突っ張っても仕方がないと判断した。

「係長、わかったから、令状だけは止めてくれよ」

「おっ、やっと出す気になったか。ずいぶん手こずらせやがったな」係長の顔に安堵の色が浮いた。

ボクの件が一段落しないと帰れないマル暴のデカ連中が待つ捜査の部屋へ、係長が取調室からデカい顔を出すと、「おい、誰かポリ容器持ってきてくれ」と言った。

すると、イガグリ頭のデカが半透明のポリ容器を片手に、機嫌よく、グットタイミングで現れ、「サカハラ、やっと出す気になってくれたのか。ありがとう」さも嬉しそうな顔をして見せた。やっと帰れる目途がついたから、ボクにありがとうと言ったのだろう。

ボクのいる取調室の入口に居残っていた他のデカ連中も集まってきた。その顔には皆、やれやれという安堵の色が浮かんでいる。

「サカハラはサムライだな」

イガグリ頭はそう持ち上げてから、「それじゃ、気が変わらないうちに、ション便、採っちゃおうか」と続けた。

サムライだとおだてておきながら、すぐ、「気が変わらないうちに採ちゃおうか」では、まるっきり人を小馬鹿にしているではないか。ボクをサムライと言うんなら、どうして「武士の一言は金鉄のごとし」という言葉を思い出さなかったのか。ボクは、ヤクザに憧れているイガグリ頭に呆れてしまった。

両手錠をかけられ、腰に青紐をくくられて、取調室からトイレへと引っ立てられてゆく。トイレの中でデカ連中に囲まれたボクは、言われるままに、ポリ容器の中を水道水で洗浄し、その容器を逆さにかざしてポーズを取らされた。

これは、捜査員が被疑者を陥れようとしてシャブを混入して偽装したり、また被疑者が捜査員たちに偽装されたと言い出して、あとで問題を起こさせたりしないための儀式である。要するに、容器の中には一切の不純物は入っていませ~んということを証明するためのポーズなのだ。

「はい、そのまま動かないで……」

ポラロイドカメラを構えた捜査員が言い、カシャッというシャッター音とともにストロボが閃光した。

(『ヤクザとキリスト~塀の中はワンダーランド~つづく)