——新型コロナウイルスが猛威をふるうなか、発生源の中国だけではなく、日本でも感染者が日々増え続け、その影響はもはや世界規模にも及んでいる。
 強い感染力で話題のコロナウイルスだが、日本人が愛して止まない「おにぎり」を手で握ることで感染リスクはあったりするのだろうか?
 今回、感染症診療の第一人者であり、神戸大学大学院医学研究科感染治療学分野教授・岩田健太郎氏の著書『インフルエンザ なぜ毎年流行するのか』(KKベストセラーズ)から、おにぎりは素手で握っちゃいけないか、否か問題をクローズアップ。
細菌の感染経路と感染源の遮断の基本原則を伝授します。おにぎりを握る前に、読んでみてください!
【注目の岩田健太郎教授が分析】おにぎりって素手で握っちゃいけ...の画像はこちら >>
◆おにぎりは素手で握るか、ラップで握るか!

 外で食べてよし、中で食べても美味しいおにぎり。自分で作ってお弁当に入れてもいいし、コンビニでも買えるということで、日本食文化に確たるポジションを占めているレシピがおにぎりです。

 確かに、おにぎりは美味しい。でも、ご存知でしょうか。実はおにぎりには感染症のリスクがあるんです。

 それは、食中毒。

 人間の手にはバイキンがたくさんついています。バイキンは、正確には細菌といいます。多くは「常在菌」と呼ばれている菌たちで、別に人間の健康に悪影響を与えたりはしていません。

 それどころか、人間の体から常在菌がいなくなってしまうとむしろ健康には有害なんです。常在菌と人間は共生しているんですね。

むやみに抗生物質を飲んではいけないのはそのためで、抗生物質は悪い菌だけでなく常在菌も殺してしまうんです。が、この話はまた別のところで。

 さて、というわけで、手についている菌もたいていは無害な常在菌なのですが、なかには病気の原因になるような菌がついていることもあります。

 その代表格が、黄色ブドウ球菌。菌の塊が黄色なので、黄色(おうしょく、と読みます)、そして顕微鏡で見るとぶどうの房のようにまんまるな菌が連なっているので「ブドウ球菌」、あわせて「おうしょくぶどうきゅうきん」と呼びます。名前、長いですねー。

でも、感染症のことを知りたかったら、この長い名前に耐える必要があります、がんばって。

 ちなみに、感染症のプロになりたかったら、ラテン語の名前も同時に覚えなくてはなりません。Staphylococcus aureus、スタフィロコッカスオウレウスと呼びます、あー長い。staphylo がぶどうのような、coccus がまるい、aureus が黄色い、という意味です。みなさん、まだついて来てますか?

 さて、黄色ブドウ球菌はいろんな病気の原因になるのですが、そのひとつに食中毒があります。エンテロトキシンという毒を菌が作り、これが腸に入って下痢とか嘔吐(おうと)の原因になるのです。

 で、例えばある人の手に黄色ブドウ球菌がくっついていて、そのブドウ球菌がエンテロトキシンを作っている。で、この手でおにぎりなんかを作ったりすると、おにぎりにエンテロトキシンがくっつく。で、このおにぎりを人が食べると、ゲーゲー吐いたり、ピーピー下痢をしたりする、というわけです。

 菌が増殖しやすい暑い夏場は特に、食中毒を起こしやすくなります。特に菌が増殖するための、一定の時間をおいてから食べる場合……ピクニックのために朝握ったおにぎりをお昼に食べる、みたいな……のときには要注意です。

 そんなわけで、手袋を着用したり、サランラップを使って素手でおにぎりを握らないよう、推奨している専門家もいるようです(https://news.yahoo.co.jp/byline/naritatakanobu/20170831-00075192/)。

◆手を洗う=感染源を断つこと

 手袋を着けておにぎりをにぎるのは別に悪いことではありません。感染症は、「感染経路」を遮断してやれば防げるのです。素手についた菌とトキシンがご飯に直接接触することで伝播が起きます。だから、間に手袋とかラップがあれば、伝播は起きない。簡単ですね。

 とくに大量の食品を扱う弁当屋さんとかコンビニのおにぎりを作っているところでは、マスクや帽子、手袋でガッチリ防御しておにぎりを作っていると思います。

大量のおにぎりを作るところで食中毒が発生したら、その被害はとても大きなものになりますから。健康被害だけでなく、食品衛生法による営業停止や、報道による企業イメージの低下、減収など様々な形で大きなダメージをもたらします。食品関係の企業って本当に大変ですね。

 では、家庭でおにぎりを作るときは、どうか。

 確かに手袋をしておにぎりを握っても良いと思います。素手で握ったほうが美味しい、真心がこもっている、という意見も聞きますが、素手のほうが美味しいというデータはありませんし、根拠薄弱です。真心? 手袋ごときで減じてしまう「真心」は、本当の意味での真心とはいえないのではないでしょうか。この手の「素手信仰」は根拠のない迷信に過ぎないとぼくは思います。

 ただし、黄色ブドウ球菌は手だけでなく、鼻の穴にくっついていたりします。ついつい癖で鼻を触ってしまう人がいます。手袋で完全防御していても、その手袋で鼻をいじっていたら、やはり食中毒のリスクは高まります。料理中は、鼻を触らないように注意しましょう。

 あと、石鹼と水できれいに手を洗えばほとんどの細菌もエンテロトキシンも流れとられてしまいます。感染経路を遮断するのも良い方法ですが、そもそも感染源がなくなってしまえば、感染症は絶対に起きません。こういう基本原則を理解するのはとても大切です。ですから、手洗いをちゃんとやっていれば、必ずしも手袋をしなくてもたいていは大丈夫です。お寿司屋さんも、素手で握ってるでしょ。

 まあ、そういうことで(たいていの問題がそうであるように)、手袋をするかしないは「どっちでもよい」ということになります。少なくとも家庭のレベルでは。ちゃんと手を洗っている限り。

 ただし、たとえ手袋をするにしてもちゃんとそのまえに手を洗いましょう。手袋には菌やトキシンが通り抜けられるような、小さな穴が開いていることもしばしばあるからです。だから、例えば病院でも医療従事者は手袋をする前に手指消毒といってアルコール製剤で手をきれいにしています。手袋してる、は「手を洗わなくて良い」という免罪符ではないのです。気をつけましょう。

 ぼくも、おにぎりはよく握ります。ラップで握るときもありますが(手にコメがつかないので……)素手で握るときもあります。手袋は着けないかな……めんどくさいし。

 料理はとても楽しいですし、食事はさらに楽しいですね。しっかり手を洗い、楽しくて美味しい食生活をエンジョイしたいものです。