英国のEU離脱やトランプ政権樹立など数々の「予言」が的中。世界中でその発言に注目が集まっているフランスの人類学者エマニュエル•トッド氏。
明治大学で「トッド入門」講義を展開し、新刊『エマニュエル•トッドで紐解く世界史の深層』を上梓する鹿島教授が、世界史の深層を読み解き、混沌とする現代社会の問題を鋭く斬る!■必ず崩壊する国家の法則とは?
エマニュエル・トッド理論から読む、世界のこれから。2023年...の画像はこちら >>
 

「外婚制共同体家族国家は必ずどこかの時点で崩壊する」——。

 これは、いま、世界で注目を集めているフランスの人類学者エマニュエル•トッドの家類型論から導き出される結論です。トッドは、「家族システム」という考え方において、家族をその類似点と相違点から、大きく4つの類型に整理して考えています。その一つが、外婚制共同体家族国家です。特徴としては、「男子は長男、次男以下の区別なく、結婚後も両親と同居。そのため、かなりの大家族となる。

父親の権威は強く、兄弟たちは結婚後もその権威に従う。ただし、父親の死後は、財産は完全に兄弟同士で平等に分割され、兄弟はこのときにそれぞれ独立した家を構える」などがあげられます。ロシアや中国がこのタイプとなります。

■ ソ連が崩壊し、プーチンで社会が安定する理由

 ソ連の崩壊を、トッドは1976年の著書『最後の転落』で予言し、実際にソ連は1991年に崩壊しました。

 では、80年代までのソ連に匹敵する共産主義大国、現在の中国はどうなのか。やはり崩壊するのか。

 慎重なトッドは、断言はしていません。しかし、「カタストロフィーのシナリオも考えられる」という答えは出しています。その理由の一つは、家族類型に内在する危機です。外婚制共同体家族社会では、カリスマ的な父親が、権力者と権威者を兼ねた独裁者として君臨する一方、兄弟=国民が横並びに並んで従います。これは縦型の権威主義と、横型の平等主義を二つ合わせたものですが、この二つはうまく折り合うバランスを見つけるのが非常に難しく、常に、構造的な危機を内包しています。

 その危機が顕在化するのは、権力者である「父親」の死、つまり命令系統を失って、横型の平等主義だけになるときです。

スターリンの死後は、フルシチョフ、ブルガーニン、ベリヤのトロイカ(三頭政治)になりましたが、結局、それはうまく機能せず、ブレジネフの独裁となってようやく安定しました。しかし、ブレジネフ程度の独裁者では横の平等との釣り合いを取るのがむずかしく、ブレジネフの死後は混迷が続きました。次に登場したのがゴルバチョフでしたが、ゴルバチョフはたまたま民主的な人物だったので、ペレストロイカ(民主主義の導入)を図りました。しかし、外婚制共同体社会には民主主義は向いていないのです。なぜなら、民主主義だとすぐに無秩序社会になってしまうからです。

 かくて、ソ連は大瓦解し、その廃墟の中からプーチンという独裁者が現れて、ようやく社会は安定を見たのです。

■家族理論からみると正しい習近平の独裁体制強化

 この過程を中国に当てはめると、習近平が独裁体制を強めていることは、外婚制共同体家族の社会の原理から行くと「正しい」ことなのですね。もっともっと強烈な独裁者にならなければいけない、ということにさえなる。民主化などもってのほかなのです。

 では、習近平体制が確立すれば、習近平が生きている限り、中国の未来は保証されているかといえば、そうはいかない。

 というのも、中国は日本以上に人口減少という問題を抱えているからです。人口学的見地からすると、人口が減少に向かった国に未来はないというのが真実です。

中国は、近い将来、急激な人口の老齢化を迎え、死亡率は上がります。社会保障をしないできていますから、貧しい老人に一気にしわ寄せがいきます。

 しかも、一人っ子政策のせいで、若年人口は少なくなっています。若年人口が少ないのは、なにも一人っ子政策のせいだけではありません。現在の中国の家族形態は都市部ではかなり核家族化しています。国家形態は外婚制共同体家族ですが、実際の家族は、日本以上に核家族化しています。

外婚制共同体家族は、近代化したあとには必ずそうなるのです。外婚制共同体家族は、核家族化すると、これまで負荷が強くかかってきたお嫁さんのセックス拒否権発動が強くなり、少子化に向かうのです。

 また、中国では、急激な近代化による環境汚染がひどく、人の住める地域がどんどん少なくなっているということも大きな問題です。

■習近平後のシナリオを予測する

 ソ連の場合は、国家の成立が1917年、崩壊したのが1991年でした。80年もたなかったのです。いまの中国は1949年成立ですから、ソ連に重ねるなら、2023年、あるいはさらに早く賞味期限が切れてしまうかもしれません。たぶん、習近平の死がそのきっかけになるでしょう。

 では、避けられそうにないこの中国崩壊は、日本にとって対岸の火事なのでしょうか。

 それは日本自身の死活問題となってきます。

 日本はいま、農産物、工業原料、衣類、パソコンから労働力まで、全般的に中国に頼っています。中国が崩壊すると日本人は間違いなく飢え、仕事にも支障をきたします。

 中国の歴史をみると、中央権力が崩壊したあとは、必ず軍閥政治になっています。軍閥が割拠して内戦になる可能性があります。核を持ったままの内戦ですから、非常に危険です。むろん、難民も発生します。

 このような状況になることを日本は全力で食い止めなければなりません。中国共産党を強く支援して、国家の崩壊を防がねばならないのです。安倍首相をはじめとして、日本の右派の人たちは、中国の崩壊を内心期待しているようですが、ここはマキャベリズムをはたらかせて、中国共産党を全面支持するのが得策です。

(『エマニュエル•トッドで紐解く世界史の深層』より構成)