エアバスは6⽉17⽇、パリ航空ショーでこれまでの常識を覆す長距離路線向けのナローボディ(単通路型)旅客機A321XLR(エクストラ・ロング・レンジ)を2023年に登場させると発表し、同ショーの話題を独占した。A321はA320ファミリーとしてA320neoの胴体を6.9m延長した派生型で、長距離用にはA321LR(ロング・レンジ)をすでに完成させ、日本のLCC(格安航空会社)、ピーチ・アビエーション、ジェットスター・ジャパンも2機ずつ発注している。

 今回発表されたA321XLRでは、A321LRにさらに改良を施し、長距離性能を約1,300km(700海里)アップし、ナローボディ機では考えられなかった約8,700kmの航続距離を実現する計画だ。重要なのは、この新しい旅客機が、今後の航空会社の国際線運航のありようを相当に変える可能性がある点である。また、B737MAXの事故と運航停止で苦境にあるボーイングに対し、エアバスが容赦ない攻勢をかけ、200席クラスでのリードをさらに広げようとしている点も見逃せない。

燃料の増量を巧みに行い、大幅な航続距離増加と貨物スペースの確保を実現

 そもそも大陸間の国際線は、かつてはB747ジャンボジェットに代表されるエンジン4発ないし3発のワイドボディ機の独壇場であった。その後、ジェット・エンジンの信頼性向上と、運航方式の進歩で、今ではB777、B787、A330というエンジン双発のワイドボディ機が主流となっている。一方、単通路のナローボディ機は、近距離・中距離の国際線がせいぜいである。

その理由は簡単で、ナローボディ機は小型のため大量の燃料を搭載できないためである。

 このため、エアバスは200席クラスのエアバスA321neoで航続距離を延ばすために、客席下の貨物室に、後付けの補助燃料タンク(1個当たり燃料約3,100リットル)を3個装備したA321LR(ロング・レンジ)を開発した。このA321LRでは航続距離が7,400km(4,000海里)まで延び、ニューヨーク=ロンドン、東京=シンガポール線のような飛行時間7~8時間の国際線が可能となったが、国際線としてはまだ物足りなさもあった。

 さらに航続距離を延ばすには、貨物室の補助タンクの数を増やせば良いのだが、そうするとすでに10区画ある貨物室の3区画を補助タンクでつぶしているので、旅客の荷物を積むスペースの余裕がなくなってしまうというジレンマを生ずる。

 そこで、エアバスは今回の新しいA321XLRでは、補助タンク3個の代わりに据え付け型のタンクを翼後方の貨物室に新設した。このリア・センター・タンクと呼ばれる燃料タンクは、メイン・ギア(主脚)収納部の膨らんだスペースも利用するので、補助タンク2個分の長さで4個分以上の1万2,900リットルの燃料を積むことができる。

オプションで1個の補助タンクの追加も可能で、単通路のナローボディ機では前代未聞の約8,700kmの航続距離を実現できることになった。つまり、必要な貨物スペースを確保しながら、飛行9~10時間の国際線を可能としたのだ。

 燃料を大量に積むため、最大離陸重量を4トン重くして101トンとし、重くなったためランディング・ギアを強化し、また離着陸性能を維持するためフラップも改良された。

LCCだけではなく大手航空会社にも魅力的なA321XLR

 パリ航空ショーでスター的存在となったA321XLRは、覚書や従来発注分からの機種変更も含め、240機を超える注文を受けた。一般にナローボディ機とワイドボディ機の比較では、運航コスト面ではナローボディ機が優れ、機内の快適性ではワイドボディ機が優れている。この意味では、この新型機はLCCの国際線向きなのだが、LCCだけではなく、アメリカン航空が50機(内30機は機種変更)、イベリア航空8機、サウジアラビア航空15機など大手航空会社からも多くの注文があった。

 かつては国際線といえば大型機で、国際ハブ空港間で大量の旅客を輸送するのが常であったが、時代の趨勢は大型機からB787やA330のような中型機に移りつつあり、国際ハブ空港を経由して直接、中都市の目的地を結ぶケースも増えてきている。A321XLRのような小型旅客機であれば、国際線でさらに小さな都市まで目的地を広げられ、ネットワークを拡大することができる。もちろん、LCC、大手航空会社を問わず、器が小さい小型旅客機であれば、旅客需要のコントロールがしやすく路線の維持が容易となるメリットは大きい。

 日本への影響も当然出てくる。A321XLRは、小型旅客機ではこれまで届かなかったオーストラリアやインド全域を路線対象にできる。また、小型であることから地方空港から直接ハワイやオーストラリアを結べる可能性も出てくる。

乗客は10時間のフライトで、狭いナローボディ機でも耐えられるのか?

 問題は、10時間もの間、狭い機内で過ごす乗客の快適性である。トイレも狭く数も少ない。とりわけ、B787やA350といった最新のワイドボディ機では、客室の気圧と酸素濃度が高く、湿度も高く、格段に快適性が優れているため、差は歴然である。しかし、LCCであれば、そこは運賃の安さとのトレードオフとなる。大手航空の場合も、客席の数と配置の仕方で改善は可能であろう。さらに、大きなハブ空港を経由せずに直接目的地に着けるような場合には、ハブ空港で何時間も待つのに比べれば、10時間のフライトも苦にならないという乗客も少なくないであろう。

ボーイングはどう出るのか? B797をローンチできるのか?

 A321neoは現時点ですでに2,400機を超える受注を得て、200席クラスの旅客機の売上で独走状態にある。ボーイングは当初、ベストセラー機 B737の新型エンジン装備機B737MAXの胴体を延長して対抗しようとしたが、結局これを断念し、代わりにB797と名付けられる予定の小型ワイドボディ機(220-270席)を開発。2025年を目標に年内にもローンチする計画であった。

 しかし、そこへ降って湧いたB737MAXの連続事故と運航停止である。空前の逆風下にあるボーイングをあざ笑うかのように、今回エアバスがローンチしたのがA321XLRである。B797より2年以上も早く完成し、しかも実績のある機体の後継機A321XLRが、B797が狙う市場をさらに激しく浸食することは間違いない。

市場が狭まるなかでもB797をローンチするのか、断念するのか、ボーイングの悩みは深い。

 情報筋によれば、B797は小型のB797-6(225席)とやや大型のB797-7(275席)の2つで構成される。今回のA321XLRのローンチを受けて、市場での競争力からA321XLRより大きいB797-7を先に開発せざるを得ないといわれる。とはいえ、B797は「ワイドボディの快適性」と「ナローボディの経済性」を併せ持ち、斬新で旅客にも航空会社にも魅力ある旅客機である。ボーイングが不死鳥のように蘇り、B797をローンチし、エアバスとの健全な競争が展開されることを期待したい。
(文=橋本安男/航空経営研究所主席研究員、桜美林大学客員教授、運輸総合研究所客員研究員)