親が認知症になると、介護が大変。知人の話や雑誌、テレビなどで聞いたことがあるでしょう。

もしかしたら、すでに経験されているかもしれません。

 ただ、親が認知症になると、介護も悩ましいのですが、実はもうひとつ大変なことがあるのです。それは、親のお金が使えなくなることです。

【相談事例】
 私は50代の女性です。
 80代の母は、年相応の判断力の低下は見られますが、一人で暮らしても特に問題ないです。でも銀行の手続きは自分でするのはちょっと難しくなってきました。


先日、母の定期預金を解約しに銀行に行きました。
書類の住所などは私が書いて、名前の所だけは母に書いてもらいました。その時は、どうにか解約の手続きができました。
手続きが終わったら、窓口の奥から支店長が出てきて
「今回は手続きをさせていただきますが、もし、名前も書けなくなると、手続きが難しくなります。家族でも代行はできません。その時は成年後見が必要になりますよ」
といわれました。

成年後見というのは、どのような制度なのでしょうか?
また、母が銀行で名前も書けなくなったら、母のお金の出し入れはどうしたらいいのでしょうか。

お母さんが認知症になったら、お金の出し入れができなくなる?

 お母さんの預貯金の口座のキャッシュカードがあって、暗証番号を知っていれば、ひとまずはお金の出し入れはできるでしょう。実際多くの人がそのような対応をしています。

 しかし、少し大きなお金(通常は50万円以上)が必要になると、窓口で引き出しをしなければいけません。毎日5万円を10日にわたってATMで引き出せば大丈夫、と考えているかもしれません。何日目かの時に、窓口から行員が駆けつけて来て「毎日お金を下ろしていますが、どうされましたか?」と聞かれる可能性があります。

そうなると、結局は大きなお金は窓口で引き出すしかありません。

 そして、窓口では本人確認がされます。しかし、お母さんが窓口に来られないと、お金を引き出すことができません。

 窓口の担当者に「ご本人様はどうされましたか?」と聞かれて、「実は認知症で」などと答えると、途端に口座がロックされてしまいます。そして窓口では「成年後見人をつけてください」と言われてしまうでしょう。

 この「成年後見人」とは、どんなことをする人なのでしょうか?

成年後見人とは、「代わりにハンコを押す人」

 お母さんが認知症になっても、普段の生活費や医療費、介護費などでお金は必要です。

そのお金をお母さんの口座から出せなくなると、とても困ってしまいます。

 では、どうしたらいいのでしょうか。

 そのようなときは「成年後見人」を立てることになります。成年後見人とは、一言で言うと「代わりにハンコを押す人」です。本人の判断力がなくなると、さまざまな手続きができません。書類にサインして押印することができなくなるのです。

たとえば、5歳の子供に、契約書類にサインさせることはないでしょう。認知症で判断力がなくなると、法律上、幼い子供と同じ扱いになってしまうのです。

 つまり、相談者のお母さんは、お金を引き出すための書類にサイン・押印できなくなり、お金が引き出せなくなったのです。成年後見人を立てれば、お母さんの代わりに書類にサイン・押印して、お金を引き出せるようになります。

 ほかにも、施設の入所契約、年金や保険などの役所の手続き、さらには自宅の修繕や不動産の売買など、成年後見人はこれらの書類に法律上、正式な権限でお母さんの「代わりにハンコを押す」ことができます。ちなみに、成年後見人は家庭裁判所に指名してもらいます。

誰が成年後見人になる?

 誰が成年後見人になるか、実はこれが問題です。

 相談事例では、娘さんがお母さんの成年後見人になるのが理想でしょう。そうすれば、これまでと同じように生活が続けられます。しかし、実際は弁護士、司法書士、社会福祉士などの専門家が成年後見人に選ばれることが多いのです。実に4人中3人は、親族以外の専門家が家庭裁判所から成年後見人に選ばれています。

 つまり、認知症でお金を下ろせなくなり、成年後見人をつけると、それまで家族でやりくりしていた親のお金を、赤の他人の第三者が管理することになる可能性が高いのです。

 これには理由があります。

 それは、親族が成年後見人になると、本人(判断力がなくなった人)のお金を使い込むことが多いからです。

親のお金は親のもの

 親が元気なときは、親が「よし」として、子供の生活費を出していたかもしれません。しかし、成年後見は本人の財産を守る制度です。子供や親族の生活を守る制度ではありません。親が元気なときと同じ感覚でお金を使うことができなくなってしまうのです。

 認知症になった親の後見人に子がつくと、それまでと同じ感覚でお金を使ってしまうこともあるでしょう。そうすると、ほかの子(きょうだい)から、クレームが出る可能性があります。実際に、裁判所が監督責任を問われて裁判を起こされたこともあります。そのため、裁判所は親族を成年後見にすることに対しては慎重になるのです。

成年後見人をつけると起きること

 親が認知症になり、成年後見人をつけると、あなたにはこのようなことが起こります。ある日突然、成年後見人になった専門家が自宅を訪れ、「こんにちは。このたびお母さんの成年後見人に選ばれた司法書士の○○です。今後はお母さんのお金の管理は、すべて私が行います。つきましては、お母さんの預貯金の通帳をすべて預からさせてください」と言われてしまうのです。

 筆者は、9人の成年後見人をしています。実際にこのようなことを行っています。それが成年後見人としての職務だからです。

 成年後見人の制度は、身寄りがない人にはとても良い制度です。しかし、家族など、サポートをしてくれる人が身近にいる人にとっては、あまり好ましい制度ではないかもしれません。

成年後見を避けるための方法

 筆者自身も、自分の親に成年後見人を絶対につけたいとは思いません。それでは、専門家として、どのような対処方法を考えているかというと、次の2つです。

 ひとつは「任意後見」、もうひとつは「家族信託」です。

 どちらも、認知症になる前の対策です。火事に備えた火災保険や、がんに備えたがん保険、どちらも火事になったり、がんになってから入ろうと思っても手遅れです。認知症についても同じで、任意後見と家族信託は事前に設定しておくことが必要です。

 これらがどんな制度なのかについては、次回以降ご説明いたします。
(文=川嵜一夫/司法書士、家族信託コンサルタント)

イラスト協力=きのこさん(イラストAC)

●川嵜一夫(かわさきかずお)

認知症による資産凍結を防止するコンサルタント/司法書士
とき司法書士法人 代表社員
一般社団法人 民事信託監督人協会 代表理事

高校3年の時、父の会社が倒産し、両親が離婚。大学進学を断念。家族のために昼も夜も働く。少しずつお金を貯めて22歳で、日本大学に進学。アルバイトと奨学金で仕送りなしで学生生活を送る。卒業後は、東京のコンサルタント会社に就職する。帰郷をきっかけに司法書士を目指す。受験期間中、新潟・福島豪雨(2004年 7.13水害)で、家財と勉強道具の一切を失う。しかし、妻の支えもあり、翌2005年に司法書士合格。現在に至る。本人は「挫折をバネにがんばる!」と笑う。

司法書士として独立をきっかけに、家族信託の第一人者であった河合保弘氏に師事。家族信託を駆使した、認知症対策、事業承継対策を得意とするようになる。
専門用語を使わず、わかりやすく伝える口調が評判を呼び、全国の司法書士や税理士、FP等の専門家から研修会の依頼が殺到。年50回程度行っている。

モットーは、人の痛みがわかる専門家、わかりやすく伝える専門家を目指すこと。

著書:『いちばんわかりやすい家族信託のはなし』(日本法令)

家族信託の実務家向けのメルマガをほぼ毎週発行。
https://kawasakikazuo.com/

家族は妻と高校生の娘、ねこ2匹。娘とは宇宙や海外の話で盛り上がるが、ねこの相手は苦手。