和歌山市は小学校まで“ツタヤ化”するのか――。そんな事態が突然、表面化したのは、5月半ばのことだ。

 今冬、南海電鉄・和歌山市駅前にオープンが予定されている新市民図書館は、全国でTSUTAYA(ツタヤ)を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が、管理・運営を担当する。「関西初のツタヤ図書館誕生!」と喧伝されるなか、和歌山市では市民図書館にとどまらず、市内の小中学校に設置されている学校図書館の運営までCCCに委託しようとしている、との情報が駆け巡った。

 しかし、いくら調べてみてもそのような事実は、どこからも発表されていない。ガセネタなのかと思っていたところ、数日後に教育委員会の関係者が、あっさりとその事実を認めた。

「来年度から、CCCのスタッフに市内の小中学校全校を回ってもらう方向で調整していると聞いています」

 だが、この情報を受けて一部の地元市民が猛反発した。

「市民図書館がツタヤ方式の運営になるだけでもとんでもないのに、そのうえ学校にまでCCCが入り込んでくるなんて、絶対に許せません。

CCCが学校図書館まで受託したら、教育現場で子供たちにTカードの勧誘をするでしょう。教育現場で企業が自社ビジネスを展開するなんてことは、あってはならないことです」(地元市民)

 現実に、ツタヤ図書館第1号となった佐賀県武雄市では、一部の小学校の教室で、全児童にTカード加入の勧誘した“前科”があるだけに、そんな声を「単なる杞憂」とは笑い飛ばせない。おまけに、同社は今年2月、100%子会社で基幹事業のツタヤが違法な虚偽広告を行っていたとして、消費者庁から1億円を超える課徴金を課せられたばかりだ。そんな企業が学校教育にかかわるのは容認できないとの声が出てくるのも、無理もないだろう。

 ところが、新市民図書館の開館準備を担当している責任者に筆者が取材すると、前出の教育委員会関係者と異なる発言をした。

「確かに、CCCさんに学校図書館についても支援してもらえるよう交渉中なのは事実ですが、まだそんな話(市内全校にCCCのスタッフを派遣)にはなっていません」

 だが、さらに話を聞いてみると、「とりあえずモデル校を数校決めてテストしてみた結果によって、何校回ってもらうかを決める予定です」と言い出した。

つまり、CCCが学校図書館を委託することは、未定どころか既定路線なのだ。まだなんの手続きも経ていないはずなのに、である。

 現在、和歌山市には、市立の小・中学校合わせて約70校あるが、専任の学校司書が常時配置されている学校はゼロ。5年前から、市に直接雇用された非常勤司書1名が市内3校(うち小学校2校)のみ巡回している状況だ。

手続きなしで学校図書館をCCCへ委託

 学校図書館に対しては、2017年度から国の政策で1.5校に1人、学校司書を雇用して配置するための補助金が出ている。それにもかかわらず、和歌山市はその予算をほかの事業に流用していているのが実情なのだ。

そうしたなかで、新市民図書館の指定管理者になったCCCに、ついでに学校図書館の運営も任せようとの腹づもりらしい。

 しかし、公共図書館と学校図書館は似て非なるものだ。根拠となる法律すら異なる。学校図書館を民間委託するのであれば、市民図書館とは別に、学校図書館の業務委託の是非を教育委員会や経済文教委員会に諮るのが行政上のルールだ。そのうえで議会で審議し、正式に予算もあげて議決されなければならないはずだが、いくら調べてもそのようなプロセスがあった痕跡は出てこない。

 この図は、17年10月に和歌山市が市民図書館の指定管理者を募集したときに添付されていた「業務要求水準書」の一部である。

この中に、手書きで線が引かれていて読みにくいが「学校等との連携」という一文がある。前出の市民図書館担当者に詳しく事情を聞いてみると、どうやらこの一文が「手続きなしで学校図書館をCCCに委託できる根拠」になっているらしい。

 つまり、「市民図書館の指定管理者の業務範囲に“学校図書館の支援”も入っているため、あらためて別に手続きを踏む必要はない」、委託費に関しても、「指定管理料に含まれているため、別に予算を要求する必要はない」というのが、市側の言い分なのだ。

「学校図書館の民間委託について、これまで議会でまったく議論されていないではないか」と指摘すると、「今年3月の経済文教委員会で、議員さんからの質問に対する回答として、指定管理者が学校図書館の運営をサポートすることも了承いただいている」と、担当者は釈明した。

 いずれも、もっともらしく聞こえるが、少し調べただけでも辻褄の合わないところがボロボロ出てきた。

「読み聞かせや、お話会、ブックトーク、学校行事に合わせた団体貸出などで、公共図書館は、地元の小中学校へ定期的に出張しています。

しかし、それは公共図書館側の地域活動なので、学校図書館への司書派遣とは根本的に異なる業務だと思います」

 ある現役の司書は、こう言って首をかしげる。確かに、地域活動の一環として、市立図書館が主体となって学校と連携するだけであれば、なんの手続きも必要ない。どこの地域でも行われていることだ。

 ところが、和歌山市がCCCに委託しようとしているのは、市立図書館が「月1回、各学校を回ってブックトークを行う」といった“オマケ業務”ではなく、「生徒の読書支援のため、恒常的に司書を派遣して、図書館を整備する」という、学校図書館が主体になる別の事業だ。

長年、自治体直営の図書館館長を務めた後、戸板女子短期大学教授や日本図書館協会理事等を歴任した大澤正雄氏(現・東京の図書館をもっとよくする会代表)は、こう危惧する。

「和歌山市は『指定管理者業務要求水準書』に『学校等との連携』があります。

連携というのは、図書館側が中心となって学校図書館運営をサポートするということで、主体的に公立図書館が学校図書館を運営するというのは問題があります。これは指定管理の会社が『学校教育』を行うことになり、公教育への介入になります。また、指定管理でなく当該会社に委託した場合、直接校長(担当教諭)から運営の在り方やノウハウを聞かないと運営ができません。それは偽装請負になる危険性があります」

学校図書館のCCCへの委託を密かに推進か

 下の図は、今年3月に開催された経済文教委員会の議事録の一部だ。この件に関連して、不可解なやりとりが繰り広げられている。

「移動図書館が学校訪問したら、司書が一緒になって本探しの手伝いをしてくれるのか」

 こう質問しているのは、「まるでCCCの営業担当者みたい」と言われるほど“ツタヤ推し”で有名な戸田正人市議だ。それに対して、長年、市民図書館の運営に尽力してきた副館長が、学校からの要望による移動図書館での配本を肯定したうえで、学校図書館について、こう回答している。

「特にモデル校という形で、棚の改編や読み聞かせの会、お話会、事業に即したブックトークのようなものを学校と相談しつつ、させていただけたらという方向で協議しています」

 これを受けて戸田市議は「非常にすばらしい取り組みだ」と手放しで褒めたたえているが、お話会やブックトークといった事業は、地域活動の一環として、どこの公共図書館でも、ごく普通に取り組んでいるものにすぎない。注目すべきは、「モデル校という形で」という部分と「棚の改編」という文言だろう。この表現から、市立図書館のオマケ業務ではなく、司書を派遣して行う学校図書館の基幹事業であることが読み取れる。

 市当局は、「学校との連携」という曖昧な大義の下、市民に気づかれて大騒ぎされないようコッソリと、学校図書館をCCCに委託することを決めようとしているようにみえる。

 というのも、先に市の担当者が学校図書館のCCCへの業務委託について、「委員会の許諾を得ている」とした唯一の根拠が、この副館長の発言だったからだ。

 もうひとつ残る疑問が、予算の問題である。市民図書館の指定管理料の中に学校図書館の業務委託も含まれているので、新たに議決の必要がないと担当者は説明していたが、市民図書館の費用と学校図書館の費用を混在させるとは、にわかに信じがたい。

 疑問を追及するために関係者をあたっていくと、新年度予算を編成する2月の段階で、行政側が議会の各会派に内示した際の資料を入手した。そのなかに、こんな記述を見つけた。

「読書の推進 新市民図書館を拠点とした学校図書初の支援<新規>」

 予算額こそ明記されていないものの、その下に「新市民図書館において支援体制を構築し、各小中学校に司書の派遣・巡回等を実施」とはっきり書かれているではないか。

「指定管理料に含まれている」という説明は、嘘ではないかもしれないが、明確に新事業として予算の内示資料に盛り込まれているわけだから、これを議会に提出しないのはおかしい。

 また、この件を一般市民の目に触れる媒体には掲載せず、議員への内示資料にしか記載しないのは、市当局が隠密に進めようとしていることの現れではないか。

 前出の大澤氏は、予算についても、こう断じる。

「普通、同じ教育委員会のなかでは、学校教育費と社会教育費または図書館費は費目も管理もまったく違うもので、一緒にすることはしません。教育委員会全体にわたる事業については、教育委員会総務費などで実施する場合もありますが、これは事業の性格が違うので、この費目では一緒にすることはあり得ないと思います。和歌山市の例はまったくめちゃくちゃなやり方で、こんなことがまかり通るなら、予算の中立性もなきに等しいと思います」

市民団体が抗議活動

 市民が知らないところで、学校図書館のCCC委託が水面下で進められているわけだ。だが、この事実を把握した地元市民団体が6月上旬、原一起教育長宛てに申し入れを行い、図書館側に説明を求めた。しかし、納得のいく回答を得られなかったとして7月から、市議会へ「学校図書館のTSUTAYA委託反対」の請願を提出するための署名活動をスタートした。この請願に、ひとりでも多くの署名を集めたうえで、遅くとも12月議会には提出する予定だ。

 7月3日には、市議会の本会議でも一波乱があった。当サイトが南海市駅再開発の談合疑惑をたて続けに報じたが、和歌山市議会では「CCC批判の質問はタブー」と囁かれていた。そんななか、4月に26歳で当選したばかりの中庄谷孝次郎市議(日本維新の会)が初の一般質問に立ち、忖度なしにこの問題を取り上げた。

「学校図書館をCCCに委託するとした決定は、誰がどのようにしたのか。また、市民への十分な説明や議論がないまま決定したのではないのか」との中庄谷市議の質問に対して、津守和宏教育局長は、以下のような苦しい答弁に終始した。
 
(1)教育委員会で承認された「学校との連携を強化する」方策のひとつとして実施している
(2)市民図書館の指定管理者公募時にも、それに関する提案を求めていた
(3)適正に選定された指定管理者が、学校司書を配置することに、なんら問題はない

 いずれも、典型的な“論点ずらし”だ。中庄谷市議の「民意を問うたのか?」とのストレートな質問に、正面から回答していない。肩透かしをくらった格好となった中庄谷市議は、「とにかく、結論ありきという感じで、まともな議論にはなりませんでした」とあきれる。

 なぜか、ツタヤ図書館を誘致する自治体は民意を無視する傾向があり、和歌山市でも日に日にそれが顕著になってきている。

だが、取材を進めると、学校図書館の民間委託は、和歌山市だけの問題ではないことがわかった。実は日本全国で問題が噴出しており、とりわけ学校図書館の業務委託をめぐっては、重大な違法行為が摘発される事件にも発展していることが明らかになった。

 次回は、ある自治体で起きた、学校図書館の“偽装請負事件”を紹介したい。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)