映画の世界的問題作『ジョーカー』の勢いが止まらない。10月29日時点で世界累計興行収入は7億8810万ドル(約857億円)にも及び、R指定映画の興収ランキングで史上トップに躍り出た。
しかし、誰もが絶賛しているかといえば、そうではない。R指定ということで一部過激なシーンが含まれるが、それよりも議論の焦点となっているのはその内容だ。ストーリーは人気アメリカンコミック『バットマン』に登場する悪役、ジョーカーが生まれた経緯を悲惨な境遇と社会問題等を織り交ぜながら追うものだが、考えれば考えるほど観る者の気持ちが混沌とする、“不気味な映画”といえる。
そこで、本作を観賞した映画業界関係者4人に『ジョーカー』がなぜヒットしたのかを分析してもらうと同時に、本編の感想を存分に語ってもらった。
※以下、一部に映画の内容に関する記述があるため、閲覧にご注意ください。
※前編はこちら
『“凡庸な映画”「ジョーカー」理由不明なヒットの正体…根拠なき熱狂の謎』
作品に散りばめられたスコセッシ要素B 前評判としては、本作は『バットマン』シリーズに登場するジョーカーとは別物で、これはこれで独立した作品だから、今まで『バットマン』を観たことない人でも大丈夫って意見は結構あった。でも、個人的には映画としての面白さは『ジョーカー』だけじゃ完結しないと思うんだよね。
C そうなんですか?
B うん。主演のホアキン・フェニックスの演技とか、階段で踊るシーンとか、単体で見どころはいっぱいあるんだけど、クライマックスで両親を目の前で殺された幼少期のブルース・ウェイン(バットマン)が大きくなって『ダークナイト』につながるわけ。だから『ダークナイト』を見てるかどうかで後味が変わってくる。
A 確かに『ジョーカー』だけだと、こうしてジョーカーが生まれました、で終わっちゃうもんね。
C じゃあ『ダークナイト』の興収が微妙だった日本では、そのあたりが評価を分けてるところもあるんですかね。『スター・ウォーズ』をエピソード3だけ観てるみたいな。
A 個人的には“あざといな”と感じたかな。『ラ・ラ・ランド』もそうだったけど、過去作品へのオマージュを散りばめていると賞レースに乗りやすいって俗説がまことしやかに囁かれていて、『ジョーカー』も『タクシードライバー』や『キング・オブ・コメディ』『レイジング・ブル』なんかのエッセンスが入ってると感じたんだよね。
B マーティン・スコセッシ監督だね。
A 『ジョーカー』内では大物コメディアンをロバート・デ・ニーロが演じていて、そこにホアキンが挑む。それが『キング・オブ・コメディ』だと、立場が逆転してデ・ニーロがチャレンジャーとして大物コメディアンに挑む構図なんだよね。『タクシードライバー』へのオマージュもモロで、主演はこれもデ・ニーロだし。スコセッシファンの僕としては、それがむしろ邪魔になっちゃって。
C 映画史に鑑みて観ると、また意味が変わってきますよね。
数十年後に今の社会情勢を絡めて語られる映画になるA 僕は公開1週間後くらいに観に行ったけど、おじさん世代の人が多くて、終わった後は「あそこは『タクシードライバー』のあのシーンだったよな」とか、そんな話してたよ。
C 公開直後に行く人ほどガチ勢が多いのかな。それで時間が経つにつれてミーハー勢の割合が大きくなっていくと。
B そういう人たちにとっては映画史なんて関係ないからね。どっちがいいとかではなく。
A ちなみに当初、監督はトッド・フィリップスじゃなくて、スコセッシがやる予定だったって噂もあったみたいよ。なんらかの理由で降りたみたいだけど、製作発表段階ではプロデューサーとして名を連ねてたし。
C スコセッシはマーベル映画を代表する今のアメリカ映画に批判的です。
A そう。『アベンジャーズ』とかを“テーマパーク映画”だって批判してる。だから『ジョーカー』みたいな作家性が強い作品は、今のアメリカ映画に対してのアンチテーゼなのかなって感じがして、スコセッシの意思というか、文脈を広げたいのかなと。
B トッド・フィリップスも『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』とか、もともとコメディ出身で、本当はおバカなコメディを撮りたいけど、今のハリウッドやアメリカ社会の状況だとそういうものはつくれないって言ってた。
C そういう制作背景があったんだ。
B 僕は時代の流れにすごく乗ってる作品だなと感じた。制作時期は全然かぶってないのに、香港のデモを彷彿させる。“ピエロの仮面=マスク”とか符合する部分もあるし。何十年後かに社会情勢と絡めて語られる映画だと思う。だからこそリアルタイムで観ておいたほうがいい。
A 中国だと上映できないみたいね。あと市長がトランプっぽいから、トランプ批判もありそう。
B ジョーカーに同化憑依しちゃう人も多い。アメリカって日本以上に格差がすごいし、世界的にも分断は大きな社会問題だから、その時流にも沿ってる。京アニ(京都アニメーション)の事件もそうだけど、いわゆる“無敵の人”が世間を震撼させることの多い世の中ともリンクしている。ジョーカーは追い込まれての凶行じゃなくて、開放した感じだけど。
C だからこそエンタメ性がほとんど皆無でも、ここまで話題になる。
B 批判されている要素としては、精神病患者を犯罪者予備軍として扱っているとか、デモを正当化してるっていうのがひとつにあるみたい。
C そんなこと言い出したら映画なんてつくれないから、それはナンセンスなんじゃないですか。
B まあ、そうだよね。いずれにしても賛否両論ひっくるめてすごい映画だよ。
A 個人的にはそこまで震えるような内容じゃないし、もう観なくていいかな。こういうメッセージだったら過去にもあったと思うし。精神病の底辺の男を描いた作品ならライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の『ベルリン・アレクサンダー広場』がベンチマークで、それに比べるとジョーカーの狂気は個人的にちょっと物足りない。
D 僕も同感で、よくできた映画だとは思うけど、はっきりいって退屈だった。観る前から“主人公がジョーカーになる話”だというのはわかっていて、“社会がジョーカーをつくり出す”というオチなのかなと容易に想像できて、実際にそうなっている。想像の範囲を超えず、小学生でも理解できて、いい意味でも期待を裏切らないという意味では“ちゃんとしている映画”だといえるのかもしれなし、マーベル的映画だよね。
退屈という意味では、『ジョーカー』の劇中では主人公がさんざんイジメられるんだけど、途中から飽きてきて「いつまで、やるんだよ」と感じてしまった。そういう全体的な退屈さを、なんとかホアキン・フェニックスの素晴らしい演技で持たせていたという印象だな。日本では同時期に公開されているクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のほうが100倍いいよ。
C でも『ジョーカー』のリピーター率はかなり高いみたいです。テーマとして社会的弱者の復讐劇があると思うんですが、どこまで妄想なのかと考えると面白い。「世界が狂っているのか。自分が狂っているのか」みたいなワードが出てきましたが、たとえば、主人公、アーサー役のホアキンは大道芸人の同僚に銃をもらってハメられてましたけど、あれも妄想だったんじゃないかとか。だってお見舞いに来た時の彼は優しかったじゃないですか。それに、同じく同僚に小人症の男性がいましたが、アーサーは彼にだけは優しかった。これってつまり自分よりも社会的に弱い立場の人間には被害妄想が発動しないってことで、精神病の都合のよさみたいなものが描かれてるんじゃないかって。
B 『ジョーカー』は、すべてのシーンがアーサーの主観なんだよね。それが虚実のあいまいさを表現してて、どこまで妄想かわからなくしている。だから実はあのシーンはこうだったんじゃないかって、いつまでも語れるんだよ。それがこの映画の一番面白いところで、リピートしちゃう秘密なんじゃない?
A 語り合った部分を答え合わせするみたいな?
B 僕の意見では、父親の問題に関しても、最初は母親の言葉を信じて、それが嘘だとわかれば母親を殺す。要するに素直すぎる。そこに何よりも異常性を感じる。
A あー、そう言われればそうか……。やばい、もう一回観たくなってきた。
C まんまと『ジョーカー』の魅力にハマってる(笑)。
(文=編集部)