『麒麟がくる』でユースケ・サンタマリアが演じた朝倉義景が朝倉家を滅亡させたワケ

 NHK大河ドラマ『麒麟がくる』でユースケ・サンタマリアが快演していた朝倉義景が、昨年12月13日放送回でついに死去した。そもそも朝倉家ってどんな存在だったのだろう。

但馬国(兵庫県)から出て、足利尊氏挙兵に馳せ参じ斯波氏傘下へ、越前国(福井県)で出世の端緒をつかんだ朝倉家

 朝倉家は日下部(くさかべ)氏の末裔で、但馬国(たじま/兵庫県北部)朝倉庄の出身だという。鎌倉幕府の有力御家人・足利尊氏が丹波国篠村(たんば・しのむら/京都府亀岡市)で挙兵した時、朝倉広景(ひろかげ)は隣国・但馬から馳せ参じ、足利一族の斯波高経(しば・たかつね)の傘下に組み入れられた。

 室町幕府ができると、斯波家は越前(えちぜん/福井県東部)、尾張(愛知県西部)などの守護大名に任じられた。朝倉家は斯波家にともなって越前に移り、足羽(あすわ/福井市)庄など数カ所の荘園の代官職・地頭職をあてがわれた。

 守護の下には守護代というナンバーツーがおり、斯波家の場合は甲斐(かい)家、織田家だった。朝倉家はまず甲斐家と婚姻関係を結び、次いで織田家と結んだ。織田家はもともと越前の織田劔(おたつるぎ)神社の神官だったが、斯波家に仕え、守護代になったのだという。

 朝倉家景(いえかげ)の姉妹が織田久長(ひさなが)に嫁ぎ、氏景(うじかげ)の妻が織田孫左衛門尉(まござえもんのじょう)の娘だというが、両者の関係はわからない。信長以前の織田家系図は混乱しており、信長の曾祖父が織田良信(すけのぶ)であることはほぼ間違いないのだが、その先は不詳であり、掲載の系図は一部想像である。


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