毎日のように新商品・サービスや新事業が世に送り出されていますが、今回は新たなアイデアを発掘し、新事業を生み出す手法について、人間の行動様式のあり方を考慮しながら考えてみます。
キーワードは「知の深化」と「知の探索」です。
図の左上のマトリックスは現在の組織能力です。既存の業務を見直して生産性を向上させたり、コストダウンを図ったりして改善や改良を行うことは「知の深化」として語られます。これに対して、「知の探索」とは現在の組織能力から未知のものを見つけ出すことによって、革新や変革につなげていく行動と言えます。
日本の多くの企業の場合、「知の探索」を得意とする人材は比較的揃っています。自分が担当する業務を熟知して、それに磨きをかけて効率化するというような活動は日々行なわれているといえるでしょう。また、すでに市場に出している製品・サービスを改良するという活動も日常業務の一断面といえます。自分が知っていることの範囲内で、そこを踏み出すことが少ない活動は比較的、人には馴染みやすいのです。
その一方で、新しい製品や新サービスを生み出せと言われると、思考停止や活動中断に陥ってしまうのではないでしょうか。あるいは、単なる改善活動を変革だと言い張ったり、変革に見せかけたりする無駄な行動を行ってしまいがちです。
「知の探索」を実践する代表的な企業に米P&Gと米3Mがあります。P&Gには「コネクト&ディベロップ」という考え方がありますが、これは「自分たちの内部のリソースが外部のリソースと連結(=コネクト)された上で、新しいアイデアを開発(=ディベロップ)していく」という考え方で、自分たちのノウハウを外に開放し、外部からも知見をもらって新しいアイデアにつなげていくのです。同社はこの「コネクト&ディベロップ」をルールに定め、「新製品開発の50%以上の案件は外部パートナーと協力して開発すること」と明文化されています。つまり、内部リソースだけで新製品開発を行なってはならないという方針なのです。言いかえれば、内部リソースだけで新製品開発を行っていくことの限界に気づいているのです。
また、3Mでは次の3つのルールが定められています。
(1)勤務時間の15%を自由に使ってよいから、自分の担当業務以外のことをやりなさいという「15%ルール」。
(2)(同社は約30の小さな事業部から編成されていますが、)各事業部の開発部隊は、外部の企業や大学、人材と連携して開発を行うこと。
(3)研究者や技術者、製品企画者は自ら担当した製品を実際に使用し、効果的に利用できるかどうかを体験した上で、革新の種を掘り起こすこと。
両社の取り組みからわかるように、「知の探索」とは「オープンイノベーション」ともいえるでしょう。
ちなみに両社はともに、新しいことに取り組む組織と既存の業務を改善する組織を分けています。図に示した左下の活動を行なう組織と右上の活動を行なう組織は同居しづらいためです。
大雑把にとらえれば、左下の業務を行なう人材は組織の主流を構成する人材で、既存の組織の中での優等生といえます。一方で、右上の「知の探索」を行うのに相応しい人材は、既存の組織からはやや外れた異能の人材です。ですから、左下の組織と右上の組織とでは、必要とされる人材の能力もそのマネジメントの方策も異なるのです。
●かつてヒット商品を生んだ「闇研」
両社は米国企業ですが、実は日本企業もかつては「知の探索」を行なっていました。闇の中での研究、俗に言う「闇研」であり、これは非公式な研究開発業務です。社員が会社には業務として認められていない研究を就業時間外にこっそりと行ない、その成果を自分のデスクの中にしまっておくという行為です。この闇研の成果として有名な例としては、VHSビデオや液晶テレビ、第三のビールなどが挙げられます。
ですから、日本企業も決して「知の探索」が不得手なのではありません。1991年のバブル崩壊以降の失われた20年の間に、効率的であることを賞賛し無駄な行動を排除してきた結果、「知の探索」という組織能力を失わせてきたのです。
今後、新たなアイデアや新事業を生みだす組織能力を取り戻すためには、「闇研」のようなシステムを目に見えるかたちで組織化・制度化する必要があります。
「闇研」に代わって「知の探索」を組織化・制度化する方策は3つあります。
1つ目は、改善や改良を得意とする人材が、合わせて革新や変革も担うというものです。既存の組織の中で、既存の商品・サービスに携わっていた人材が、新しい創造にもチャレンジします。前述した米3Mにおける15%の時間の使い方に近い考えです。このためには、そもそも既存組織の中にチャレンジ精神の高い人材がいること、新しい物事を生み出せるよう、その契機となるような教育投資が大事になります。
2つ目の方策は、既存組織の中の異質な人材を集めて、変革に挑戦することをミッションとした新たな組織を編成することです。これは、これまでの組織の枠組みに収まり切らないような異端の人材を揃えた部隊になります。多くの場合、社長や上級役員の直轄組織とすることが適切です。なぜなら、覚悟を決めて異質な人材を支え続けるスポンサーが必要だからです。
3つ目は、「知の深化」に長けた人材と「知の探索」に力を発揮できる人材のチームをつくることです。
ここでは例として3つの方策を示しましたが、どのような組織化や制度化が望ましいかは、現在の組織の状況と目指す方向性や目標によって異なります。それでも、「知の探索」が失われた20年を乗り越えるための有力な方法であることは間違いありません。
(文=森秀明/itte design group Inc.社長兼CEO、経営コンサルタント)