●日本のホスピタリティは本当に一流か
     
 東京オリンピック招致のプレゼンテーションでの滝川クリステルによる印象的な言葉「お・も・て・な・し」は2013年の流行語大賞になりました。日本人はおもてなしが好きな国民であることに反論する日本人はいないと思いますが、これが本当にグローバルに通用するホスピタリティかというと、私はどうも違うと常々感じています。



 今、日本には外国からの観光客が押し寄せています。東京オリンピックが開催される2020年には何千万人という人たちが日本を訪れるでしょう。少なくともその年までは間違いなく観光は成長産業であることが予想されます。そこで今回は観光を切り口として、我々はどのようにビジネスとしてサービスをとらえるべきかを考えてみたいと思います。

 これからお話しするのは、数年前にアメリカ人の友人の実家に遊びに行ったときの出来事です。

 朝食の時間に友人の母親が私にこう尋ねました。


「卵食べる?」

「ええ、いただきます」と私が答えると、「どういうふうに食べたい?」と質問されました。調理方法まで考えていなかったので、うーんと何秒か黙っていたら、「目玉焼き、スクランブルエッグ、オムレツ?」といくつか案を出してくれたので、私は一番楽につくれそうという理由で目玉焼きを選びました。すると間髪いれずに、「片面焼きと両面焼きのどっちがいい? あと、黄身は柔らかいのと固いのとどっちがいい?」と聞いてきます。

 私はさらにうーん、と考えて「片面焼きの黄身固め」と答えました。すると続けて「で、卵は何個?」と聞くので、「じゃあ、2個でお願いします」と言いました。

 これで、やっと友人の母親は冷蔵庫から卵を取り出し、調理を始めました。


 このやり取りがその日一日中気になっていたので、夕食が終わった後にリビングで談笑していた時に、私はこの話題に触れてみました。

「今朝の話なんですが、朝食の時にあれだけ細かく聞かれるのに慣れていないから、ちょっと戸惑っちゃったんです」と言うと、友人の母親は、こう返してきました。

「あら、そうだったの。全然気づかなかった。私はあなたに喜んでもらいたいから何が好きかを聞いてるだけなの。卵料理はこうじゃなくちゃいけない、というのはないからね。
私はこれが好きだというのはあるけど、あなたが好きなものとは違うでしょ。だったら、あなたに好きなものを聞いてつくるのが、一番いいと思うの」

 このアプローチは日本人にはないなぁ、と思いました。「私はこのやり方が一番得意だしおいしいと信じている。さあ、どうだ!」と特に好みも聞かずに料理を出す、というのが日本人的おもてなしだと思います。そうすると、たとえば「究極のふわとろ卵」みたいなものが出てきたりします。しかし、そこでは「相手は半熟卵が好きかどうか?」という点にはほとんど無頓着です。


●あなた好みの飲み物をつくるロンドンのスタバ

 少なくとも欧米では、高度にマニュアル化されているチェーンオペレーションのビジネスであっても、マニュアルを外れたリクエストを受けた時には、個別客の個別の好みが優先されます。これが彼らのホスピタリティの立脚点です。

 たとえば、私が訪れたロンドンのスターバックスには、出来上がったコーヒーを出すカウンターの上に、こんなことが堂々と黒板に書かれていたことがあります。

We promise we will make your coffee just the way you like it.
(あなたのお好み通りのコーヒーをお出しすることを私たちは約束します)

 さらに、その下にカッコ書きでこう付け加えられています。

And please don't be shy, just let us know if it's not and we'll make it again for you. After all, it's personal.
(もし、お気に召さない場合は新しいものをつくり直しますので、遠慮なくおっしゃってください。お客様のお好みを尊重いたします)

 アメリカのマクドナルドに行って、ポテトにつけたいからバーベキューソースが欲しいと言うと快く出してくれますが、日本のマクドナルドでは、「ナゲットを注文しないと出せない」と言われてしまいます。


 世界ブランドでも日本人が経営すると、マニュアル通りにオペレーションすることが重視され、カスタマイズの視点が抜け落ちてしまうのです。

●相手の好みを尊重するのがホスピタリティ、がんばる自分を見てもらうのがおもてなし

 日本旅館なども同じです。食事を部屋で食べさせてくれるのはオツでよいのですが、食事のメニューを選べるところは多くありません。宿が一生懸命考えた「力作」がこれでもかというボリュームで出てきます。事前に言えば考慮に入れてもらえるのでしょうが、予約時や配膳前に食事の好みを旅館側から積極的に聞かれた記憶がありません。ビールはすべて「ビール」としか注文できません。
ときどきメーカー名を聞かれることがありますが、それはたとえばキリンビールの関係者に対してアサヒビールを出すのはマズい、という一般客にはどうでもよい政治的な配慮です。

 また、食事の時間も決められていて、しかも午後6時から8時など、かなり短い時間の幅の中でしか選べません。そうなると必ずその時間までに宿に到着しなければなりません。食事が終わったら風呂だというのも暗黙の了解で、風呂から戻ると部屋に布団が敷いてあります。私も温泉旅館は好きですが、この「縛られ感」が正直苦手です。食事は午後9時過ぎにしてほしいとか、部屋に匂いがつくからその場で焼く料理は別のものに変えてくれ、腰が悪いから椅子に座ってテーブルで食べたい、などのリクエストは、私も日本人なのでちょっと言いづらいのです。それでも、なんでそんな決めごとが多いのかと感じています。

 このあたりに、日本人のホスピタリティの弱さがあると思います。「おすすめはこれ!」というのがあることはよいことですし、その品質も素晴らしいのですが、他人の好みにカスタマイズを受け付けない点があります。日本人が考えるホスピタリティは、提供者がこれでもかとがんばって、技術を磨いて、いろいろなものを忙しいくらいにサービスするものがよしとされているように思います。ちょうど役者が演じる筋書きの決まったショーのようなものです。

 ですから、客が「放っておいてほしい」と言うと、ショーに来たのに見てくれない客とみなされます。言葉では「わかりました」と言いますが、内心はがっかりするというのが日本人のメンタリティです。世界中でサービス産業化が進んでいますが、残念ながらグローバルに受け入れられている日本発のサービス産業はほとんどありません。受け入れられているのは工業製品やコンテンツなどの「モノ」ばかりです。

 辞書で「ホスピタリティ」を調べると「おもてなし」と出てきます。しかしこの2つの言葉の立脚点は同じではありません。相手の好みを尊重するのがホスピタリティ、がんばる姿を見せるのがおもてなし、と私は解釈しています。

 日本人が考える日本一のサービス業というのは、日本人にとっては最高なのですが、普遍的に受け入れられるものではありません。外国人は押し付けがましいとか、too muchだと感じているかもしれないのです。

 それでも、少なくとも欧米人は相手の好みを尊重しますから、おもてなしにがんばる日本人のやり方を結局のところは受け入れ、異文化体験として楽しんでくれることでしょうが。
(文=山崎将志/ビジネスコンサルタント)