玉袋筋太郎さん、DAIGOさんみたいになりたい…ぱいぱいでか美が語る芸能界の生存戦略

 人気バラエティー番組有吉反省会』(日本テレビ)にレギュラー出演しているほか、歌手、グラビア、執筆業など、多彩な活躍を見せるタレント・ぱいぱいでか美。インパクト大な芸名と、"名乗るほどでかくないがそこそこでかい"Fカップバストを武器に、独自路線で活動を続けている。

 そんな彼女がこの2月、自らの半生を描いたエッセイ集『桃色の半生!~仲井優希がぱいぱいでか美になるまで~』(リットーミュージック)を上梓した。同書では、高校時代に鬱病に近い状態に陥ったこと、恋人とケンカして部屋のカーペットに火をつけた経験など、バラエティー番組で活躍する現在の彼女からは想像しがたいネガティブなエピソードまでが、あけすけに語られている。さらに、彼女の“恩師”と呼べる存在である、ゲスの極み乙女。の川谷絵音や博多大吉との対談、ミュージシャン大森靖子からの手紙も収録。まさにぱいぱいでか美の半生がぎゅっと凝縮された一冊に仕上がっている。

 そんな彼女へのインタビューを、【前編】に続き掲載する。後編に当たる今回は、高校時代に鬱病に近い状態に陥って精神安定剤を服用していた経験や、恋人とケンカしてカーペットに火をつけたエピソード、そして今後の展望などについて話を聞いた。

●ぱいぱいでか美(ぱいぱい・でかみ)
1991年5月3日、三重県生まれ。インディーズでのバンド活動などを経て、2014年5月、ミュージシャン大森靖子のプロデュースでシングル「PAINPU」をリリース、同年6月にはデビューアルバム『レッツドリーム小学校』を発表。2014年8月からは『有吉反省会』(日本テレビ)にレギュラー出演、一気に知名度を上げる。自身の楽曲の作詞作曲やライブ活動、楽曲提供、グラビア、コラム執筆などジャンルやメディアにとらわれず活動中。大のハロプロファンとしても知られる。

●「私なんかいないほうがいいんじゃないか」と、鬱に

「中学の頃は、いわゆるスクールカーストの上のほうにいたんですよ。性格はもともとは全然根暗じゃなくて、学校では中心にいるタイプでした。でも、そのわりに自己肯定感はすごい低くて。自己肯定感の低さゆえに、集団のなかでは中心にいないと怖い……という。地元が、三重の田舎だったっていうのも大きいですね。駅まで徒歩30分以上かかるし、お店といってもジャスコしかない、みたいな。コンビニに行くときも、ついでに買ってくるものがないか、事前に必ず家族に聞くんですよ。田んぼだらけで、文化的ないろんなものが届いてないっていう実感がすごくありました。中2で自分の携帯電話を持ってインターネットをするようになって、ようやく『どうやらここは田舎らしいぞ』っていうことに気づきましたね」

 中学では学校の中心にいたというだけあって成績もよく、高校は、県下トップの進学校に進学した。

「中学の時にはなんとなくずっと感じていた閉塞感っていうのが、高校のときにはなくなって。友達にすごい恵まれたんです。自分はもっと個人主義で生きていいんだ、いろんな人が自由に生きることは正しいんだ、っていうことがわかって。私服の高校だったのでメイクも服も自由で、どんどんポジティブになっていきましたね」

 子どもの頃からピアノを習っていて、将来の夢は歌手になること。しかし通うのは県下有数の進学校である。3年生ともなれば周りの友人たちは進路を決め、受験勉強にいそしみ始める。そんななかにあって彼女は、歌手を目指し専門学校へ進学することを早々に決める。しかしそのことが理由で鬱病に近い状態に陥り、メンタルクリニックに通院。睡眠薬や精神安定剤を服用するまでに追い詰められていく。

「高校の友だちがみんな賢くて、将来設計がしっかりとある子たちばかりだったんですよ。『この大学に入って医者になりたい』『この大学のこの教授の下でこの研究をしたい』みたいな。私は勉強が目的になってたけど、みんなにとって勉強は手段だったんだって知って反省して。それに刺激されて、ずっとやりたかった歌手を目指すことにしました。で、3年の夏にはほぼほぼ専門学校の進学が決まったんですけど、逆に周りは本格的に受験モードに突入していって。そのことで、『受験勉強をしない私みたいなのがみんなといると邪魔になる』って思い込んじゃったんですね。自分のちょっとした一言が友だちを傷つけちゃうかもしれないって、気を使いすぎて。それでヘンなふさぎ込み方をしちゃって、『私なんかいないほうがいいんじゃないか』って思って、鬱になっちゃいました。もう学校に行きたくないって。

 そうなる傾向は実は昔からあって、暗くはないけど、考え込みやすい性格だったんです。ずっときっかけがなかっただけだったんですね。それと、いちばん仲がよかった先輩が1個上で、高3になった時に地元からもいなくなったことも大きかった。ほかにも友だちはいっぱいいたし信頼もしてたけど、結構その人に依存している部分もあったから。だからもう、誰になんの話をしていいかもわからなくなって。今思えば、別の友達に話せばいいだけのことなんですけどね」

 そんな状況も、クラスにひとりいた、美大進学予定の友人と過ごすことでなんとか克服。無事高校を卒業し上京、東京・八王子の専門学校に通い始める。しかし、今度は当時同棲していた恋人と上手くいかずに、再び精神的に病んでいくこととなる。病院に処方された薬に頼り、副作用で朝起きられなくなったり、食欲がコントロールできなくなっていったという。

「最高潮にメンヘラな時期で、自分の部屋のカーペットに火をつけたりもしました。理由は些細なことで、彼氏と連絡がつかなくて、その日帰って来たときに口論になって、『じゃあ死にます』ってなって。『もうこの家もろとも燃やしちゃえ!』みたいな。火は彼氏が消してくれて、家は燃えずに済んだんですけど、ヤバかったですね。ちなみに『PPDKM』という私の持ち曲の『胸は焦がしても 焼かないカーペット』っていう歌詞は、このことについてのもの。今はもうすっかり元気になって、メンヘラではなくなったので、大丈夫ですよ!」

●いちばん本音を言っていい場所が、音楽

 歌手を目指して上京したという彼女だが、2014年以降は『有吉反省会』にも出演し知名度も上がり、番組の企画で真剣に相撲を取ったりと、バラエティー的な仕事も多い。「考え込みやすい」という彼女にとって、そうした仕事はすんなりと受け入れられたのだろうか?

「自分のなかの“正義”というものはすごい強いんですけど、逆にそこから外れなければ何をしてもいい、っていうふうに思っていて。グラビアもするし文章も書くし音楽活動もするし。それに、もともとテレビやバラエティーが大好きで、おもしろいと思う範囲が人より広いんだと思います。歌手になりたいっていうのも、いちばん最初にハマったのがポケットビスケッツさんや宇多田ヒカルさん、モーニング娘。さんで、『ASAYAN』(テレビ東京系)、『HEY!HEY!HEY!』(フジテレビ系)、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)に出たいっていうところから始まってるので。だから、周りのミュージシャンで『テレビに出たくないんだよね』っていう話とか聞くと、ビックリします。当て振りをさせられるのが嫌だとか。私は全然そういう気持ちがわからないんです。はなっからテレビに出たい人なので(笑)」

 では彼女のなかで音楽活動は、どういう位置づけなのだろうか。

「作詞作曲をだいたい自分でやっているんですけど、いちばん本音っぽいことを言っていい場所が、曲なんですよ。だから『曲が好きです、歌詞が好きです』って言ってくれると、ちゃんと自分の根っこの部分を好きになってくれてるんだなっていう安心感を得られます。何を褒められてもうれしいんですけど、曲を褒められるのが、今はいちばんうれしいですね。ある意味、恥ずかしいんだけど、Twitterにも書けないようなことを書ける場所なので、音楽は。だから音楽活動はずっとやっていきたいなって思っています。あと、ライブはファンの人にも会えますからね」

 今年4月には、「ぱいぱいでか美withメガエレファンツ」名義でアルバム『大恋愛体質』をリリースした。

「全曲ラブソングで、7曲入り。私、『恋愛体質』っていう言葉がすごいバカだなって思ってて。恋愛以外にもほかにやることあるだろうって思うじゃないですか。でも、『大』をつけるだけで、真面目に恋愛をやってきたなって感じが出るかなって。すべての恋愛を大恋愛だと思ってるんだったら、めちゃめちゃ真面目な性格っていうか、でもすごいバカっぽいというか。そういう言葉の響きが気に入って、このタイトルにしました。要するに自分のことです」

玉袋筋太郎さん、DAIGOさんみたいになりたい

『桃色の半生!~仲井優希がぱいぱいでか美になるまで~』で彼女は、「自分は周りの環境に恵まれている」と周囲への感謝を繰り返し述べている。では、自分がそういう環境に身を置くことができているのはなぜなのか、自分ではどう分析しているのだろう。

「私、お世話になった人のことを絶対に裏切らないようにしているので。なんかそういうのは相手にも伝わっているかなって思います。私は信じられないけど、恩を仇で返す人って普通にいるじゃないですか。自分は絶対にそういう考え方はできないから。大森靖子さんにせよ博多大吉さんにせよ川谷絵音さんにせよ、もし私が何かの犯罪で捕まったら、本にも出てもらったこの3人は絶対に何か言われるじゃないですか。あれだけ偉大な人たちだから、今の私が恩返ししようとしてもなかなか難しい。だから、自分が頑張って売れることが恩返しになればいいなって思って、頑張ってます。

 そういう私を見てくれてる人は見てくれてるから、いい人がいい人を呼んでくれるから、恵まれてるのかもしれません。周りを見ると、悪い人が悪い人を呼んでるっていうのがよくあるので。親からは昔から、『選択は自分でしなさい。選んだ理由を考えなさい。迷惑をかけてもいいから、人をちゃんと助けなさい。絶対にそれは巡ってくるから。周りの人を大事にしなさい』って言われて育ちました。『意地悪をしたら意地悪が返ってくるよ』って。だから、仕事に呼んでいただいた以上はプロ意識を持ってちゃんとしようって、常に考えてます」

 テレビのバラエティー番組に出演しつつ、グラビアやコラム執筆、そして歌手としても活動しているぱいぱいでか美。今後は、芸能界においてどんな存在を目指して行くのだろうか。

「独自路線ってわけでもないけど、わりといない不思議なポジションですよね。一応地上波でレギュラーをいただいていて、でも全然地下アイドルのイベントにも出たりするし。なんかわからないですよね本当に。似たジャンルの名前のタレントとしては……玉袋筋太郎さんみたいになりたいです。もうみんな普通に“玉袋さん”で認識してるじゃないですか。あと存在としては、DAIGOさんみたいにもなりたいです。バラエティーのイメージが強いのに、バンドマンとしてBREAKERZをやってらっしゃって。『テレビに出てるけど、なんか音楽もやってるんだ?』みたいな感じになりたいです。

 でも別に、『これで成功したい』みたいなものは本当にないんですよね。今、いろんな仕事をさせてもらってるから、この仕事量があと2段階くらい増えればいいなとは思いますけど、基本的にはこの方向性のまま売れたいっていう感じです。だから今、危機感は持ってます。今のままだとヤバイ。地下アイドルの子たちに『いつも見てます』って言われると安心するんですけど、でもそれじゃダメだって思います。どんな形であっても売れたいですね。結婚しても仕事を続けたいんで」

ももちに“命令”されたから、幸せにならないといけない

 2年ほど前に筆者がインタビューした際、「ももちがBerryz工房を卒業したら空っぽになってしまうかもしれない」と危惧していた彼女。実際に嗣永桃子が芸能界を卒業してしまった2017年7月以降、彼女はどういう思いを抱えているのだろうか。

「ももちは、あまりにも清々しく卒業されていきましたよね。あの6月30日の最後の卒業公演で、『ももちは大丈夫です。本当に幸せです。あなたたちが幸せになってください』って言われて。だから、『幸せにならないといけないんだ』って強く思っています。『推しの言葉はすべて真に受ける』っていうスタンスで生きてるので。

 確かに卒業当初は空っぽになりましたけど、でも、ももちがそう言ってくれて、もはや「命令」だと思っているフシがあるので(笑)。自分も幸せになるために、空っぽになっている場合ではないなと。あと『(ももちが所属していた)カントリー・ガールズの残りのメンバーのことはあなたたちに任せました』とも卒業公演で語っておられたので、今はカントリー・ガールズが好きです。しいていうならば、推しは小関舞ちゃんですね」
(取材・構成=岡島紳士)

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