行政も清正をほかの"黄泉がえり"と同等には扱えない。丁重に遇しながらも、地元ピーアールの象徴にもしようと考える。そして、清正本人もまた、はテレビを観て時代の変化に目を丸くしつつ、地元の民のために力を尽くそうと一生懸命になる。

 清正は自分のことを「虎」と言い(通称の「虎之助」から)、日常会話は「城を見たがや、近(ちこ)うでよ。あそこまでこわけとる思わんで。どのようにするんがええか、かんこうしよったが」などと尾張弁で話す。そして、人懐っこく、いざというときは威厳がある。この作品でもっとも目を引く登場人物といっていいだろう。

 清正以上に異色の"黄泉がえり"は、恐竜好きの少年、吉田裕馬が見つけた化石から復活したミフネリュウだ。裕馬はこの恐竜を菊千代と名づけて可愛がる。他人に知れると大騒ぎになるので、家のなかでこっそりと飼育するのだ。

 さて、こんかいの"黄泉がえり"が前回のそれと違っている、もうひとつの点は、この現象が発生する場所の広がりだ。前回は熊本の広域で散発的にはじまった。しかし、こんかいは、まず市電B系統路線周辺だけに発生し、そこから染みが滲むように範囲が拡大していったのである。これにはひとりの人物が関係しているのだが、そのあたりは本書のSFとしてのキモでもあるので、ここでは伏せておこう。

 ただ、その人物がピンチに陥ったとき、清正公、菊千代も含めて、多くの"黄泉がえり"が力を合わせて救出する。そのテンポのよいエピソードが、この作品の中盤におけるひとつの山場をなす。

 いっぽう、物語全体を通じて問われるのは、愛のありかただ。"黄泉がえり"によって亡くなった婚約者を取り戻せた者もいれば、相手が"黄泉がえり"と知りながら恋に落ちた者もいる。前回の"黄泉がえり"では、復活したひとびとは最後には消えてしまった。あまり遠くない時期にわかれが訪れるとわかっていて、それでも恋人と一緒になりたいと思えるか? この哀切な問題が、非常に抑制の効いた筆致で描かれる。

(牧眞司)