連作短篇集という形式を十二分に活かした良作である。
とだけ書いて終わりにしたい気持ちになったのだが、それでは書評の用に足らないのでもう少し説明しなければなるまい。
井上真偽『ぎんなみ商店街の事件簿2 白雪姫と五枚の絵』(小学館)の話題である。第一作である『ぎんなみ商店街の事件簿』は『Sister編』と『Brother編』の二冊が2023年に同時刊行された。舞台となるのは題名にもある昔ながらの商店街である。そこに串真佐という焼き鳥店があり、内山佐々美、都久音、桃の三姉妹がいる。名前の由来は音で読んでお分かりの通りである。彼女たちが探偵役を務めるのが『Sister編』、一方の『Brother編』は母親が早くに亡くなり、父親は海外赴任中という木暮元太、福太、学太、良太の四兄弟が主役である。おもしろいのは両編で描かれるのがまったく同じ事件であるということで、それぞれの本で行われる推理が異なるので、二通りの物語を読むことができる。姉妹と兄弟の推理合戦を、そういう形でやったということだ。事件の裏表を描いたミステリーは他にもあるが、こういう形で分冊させ、それぞれを独立して読めるようにした点が珍しく、話題になった。現在は小学館文庫で読むことができる。
では続篇はどんな趣向か。今回の謎発信源は、ぎんなみ商店街の八百谷青果店である。
その絵は、雪子が知人に頼んで描いてもらったものの一枚だという。老婆が少女に林檎を示して見せて「毒林檎だよ、気をつけて」と言っている図柄になっている。魔女めいた老婆とお姫さまと林檎といえば誰もが思い出すのがグリム童話「白雪姫」だろう。しかしあの中の魔女は白雪姫の継母で、血のつながらない我が子に毒を食べさせようとしていたのではなかったか。童話のままのようでそうではない絵は、実は何かの「見立て」になっているのだという。
以上が第一話「甘党の白雪姫」である。八百谷雪子は自分の「見立て絵」を何人かの「こびと」に渡したらしく、それぞれで別の家族についての物語が綴られる。第二話「走る三匹の子豚」では、例の三兄弟が藁や木や煉瓦の家にいるのではなく、陸上のトラックと思われるところを走っている。ついているキャプションは「ひいひい、はあはあ......」「いつまで走るの、兄ちゃん?」「ずっとさ」である。次の「赤い靴の誘拐犯」は、元になっているのは履いたら最後ずっと踊り続けることになるという「赤い靴」だろうか。描かれた女性はバレエでいうところのピルエットの姿勢で「踊れ、踊れ、もっと美しく!」と書かれている。
こんな具合である。童話の世界から題材をとって不可能犯罪事件を描く作品に青柳碧人の〈赤ずきん〉シリーズがあるが、あれとは違い、登場人物がいるのは昔ながらの商店街という、非常に現実感のある場所だ。それと童話の登場人物や状況がどう結びつくのか、というのが各話における関心事となる。第四話の「ヘンゼルとグレーテルの家出」では、母がいない家の子である小学三年生の木暮良太が中心となり、彼ら自身の物語につながっていくのが上手い。主役が七人もいて多いのだが、キャラクターを立てる工夫が凝らされているので、登場人物に共感できないということもないはずである。
と、ここで止めておくのが本当はいいのだと思う。
井上真偽のデビュー作は2014年に第51回メフィスト賞を授与された『恋と禁忌の述語論理』(講談社文庫)である。2016年の第二作『その可能性はすでに考えた』(講談社文庫)で一気にミステリーファン間での知名度が上がった。どんな仮説についても「その可能性はすでに考えた」と言って推理を語る探偵が主人公で、わんこそばよろしくなんでもかんでも考えてしまう、質量伴った内容に圧倒されたのである。この正篇と続篇『聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた』(講談社文庫)は共に本格ミステリ大賞候補に選ばれている。これに続く『探偵が早すぎる』(講談社タイガ)は、現在進行中の事件で犯人の先を読んで手を打ってしまう探偵の話で、これまた速い展開が魅力の一作だった。
井上はその後、虫と音楽がテーマという意外すぎるサバイバルスリラー『ムシカ 鎮虫譜』(実業之日本社文庫)や、地下に取り残された犠牲者を遠隔操作のドローンで救出する冒険小説『アリアドネの声』(幻冬舎)を発表し、いわゆる本格推理だけの書き手ではないことを証明してみせた。しかし、井上が謎解きを正面から書くとなれば、読者が期待するのはあの奔流のような推理なのである。決してほんわかした人情ものではないのである。
というようなことをお考えの井上真偽ファンに、これだけはお伝えしておきたい。
ぎんなみ商店街、次はいったいどんな謎解きの舞台になるのだろうか。
(杉江松恋)